司法取引と内部告発の関係|企業がとるべき対策と不正への誠実な対応とは

専門家監修記事
司法取引制度は導入されてから年月は浅いものの、さまざまなメリット・デメリットが指摘されています。ここでは、司法取引制度の概要とその特徴をご紹介するとともに、1つの内部告発手段にもなりうる司法取引制度に対して、企業はいかに対策すべきかについて解説していきます。
弁護士法人プラム綜合法律事務所
梅澤 康二
監修記事
訴訟

司法取引制度とは、2018年6月より施行された制度です。導入されてから年月は浅いですが、現時点においてもさまざまなメリット・デメリットが指摘されています。

会社が社員を「売る」という驚きの第1号となった。
日本にも導入された「司法取引」が初めて適用された事例のことだ。タイの発電所建設をめぐる贈賄事件で、東京地検特捜部が大手発電機メーカーである三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の元役員ら3人を、外国公務員に贈賄した不正競争防止法違反の罪で在宅起訴したのだが、MHPSは法人として起訴されるのを免れるために「司法取引」し、元役員らの不正行為の捜査に協力したのだという。
引用元:司法取引で会社が社員を「売る」時代に|日経ビジネス

日本で初めて適応された事例は「会社が社員を売る」という結果となり、揶揄されることとなりましたが、同時に「社員を司法取引に応じないようにすることは可能なのか?」といった疑問も増えているそうです。

 

そこで本記事では、司法取引制度の概要とその特徴をご紹介するとともに、司法取引制度に対して、企業はどう対処すべきかについて解説していきます。

 

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結論|社員の司法取引を禁じることは難しい

司法取引に対して、企業が社員に司法取引に無断で応じることを禁止する内容の規則を定めることはできません

労働契約によって雇用されている社員には一般に職場秩序維持義務があるため、企業の名誉を毀損したり、機密を漏洩したりする恐れのある場合に司法取引を禁ずる規定を置くことは企業の自由です。

しかし、司法取引の対象とされる「特定の犯罪」の多くは、公共の利益を保護法益とするものであり、社員の告発行為は公益通報行為として保護される可能性が高いと言えます。したがって、社員の内部告発は何ら妨げることができず、司法取引を禁止する規定は法令に反する規定として効力を有しないと考えられます。

 

日本における司法取引制度の概要

そもそも司法取引制度(しほうとりひきせいど)とは、被疑者または被告人が、共犯者などについての供述や証拠提出によって検察官に捜査協力することで、その対価として起訴猶予や刑事責任の減免を受ける制度です。

【参考】刑事訴訟法等の一部を改正する法律第350条の2

日本においては、暴力団などの関与する組織犯罪や、贈収賄や横領罪、背任罪など広範囲におよぶ企業犯罪・経済犯罪について、包括的に取り締まることを目的に制定されました。

対象となる特定犯罪

司法取引の対象犯罪は、財政経済犯罪や薬物銃器犯罪などといった「特定の犯罪」に限定されています。具体的には、刑事訴訟法等の一部を改正する法律に規定される、次のような犯罪を指します。

刑法犯

・公務の作用を妨害する罪

 強制執行妨害目的損壊、強制執行妨害

・文書偽造の罪

 公文書偽造、偽造公文書行使、私文書偽造など

・汚職の罪

 贈収賄

・財産犯罪

 詐欺、横領、背任
 

特別法犯

・税法違反

 所得税法違反、法人税違反、消費税違反など

・経済犯罪

 会社法違反、金融商品取引法違反、談合など

・知的財産関連犯罪

 商標法違反、著作権違反、特許法違反など
 

薬物銃器等の組織犯罪

 大麻取締法違反、覚せい剤取締法違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反など

司法取引制度の流れ|協議・合議制度とは

司法取引は、検察官、被疑者・被告人のいずれかが主体となって行われます。検察官または被疑者・被告人のいずれかが協議を申し入れ、相手方がこれを承諾することよって開始します。

協議の際には弁護人の同席が必要であり、協議は被疑者・被告人、検察官、弁護人の3者によって進められます。合意は弁護人の同意を必要とし、合意内容を記した書面に3者が連署することで成立します。

一方が合意に違反した場合には、相手方は合意を破棄(離脱)することができます。具体的には、被疑者・被告人の供述が虚偽であった場合や、検察側が合意を無視して起訴した場合などが挙げられます。

司法取引制度のメリットとデメリット

現時点では、司法取引におけるメリット・デメリットとして、以下のような意見が上がっています。

メリット

刑事手続の費用を節約できる

刑事手続では一般的に、証拠の収集などに多額の人件費がかかりますが、司法取引を利用することで、刑事手続の処理にかかる人件費を削減することができます。

被疑者・被告人しか知り得ないような有力な証拠を効率良く集めることができるためです。

 

企業犯罪の抜本的な解決につながる

企業犯罪は「特定の犯罪」として司法取引の対象となります。したがって、従業員個人の不起訴処分や刑事責任の減免を対価に、有用な供述や証拠を得ることができます。

証拠の拡充により捜査が進展すれば、企業の違法行為について抜本的な解決が期待されます。

 

デメリット

黙秘権の侵害

黙秘権とは、刑事事件において、自己に不利益な供述を拒否する権利を指します。

黙秘権は、憲法第38条1項および刑事訴訟法198条2項311条1項によって認められる正当な権利ですが、司法取引制度によって被疑者・被告人に刑事責任の減免という対価を与え、強制的に供述させることは、黙秘権を侵害する可能性があると指摘されています。
 

刑事手続き及び裁判への信頼低下

司法取引の多用により、検察官が合意によって得られた証拠にのみ固執し、捜査や取り調べをおろそかにしてしまう恐れがあると言われています。

供述調書は被疑者・被告人の主観に基づくため、客観証拠に比べて事実認定の根拠としての正確性に欠ける可能性があります。

さらに、刑事罰の適用を避けたいがために司法取引を行い、虚偽の供述をする可能性も考えられます。

 

こうした問題が頻繁に発生することになれば、刑事裁判手続きの正確性が低下し、国民の司法に対する不信感が生まれることになりかねません。
 

内部告発の手段となりうる合意制度

内部告発とは、自社における不正などに関する情報を外部に提供し、不正の早期発見や問題の未然解決を図る制度を言います。

司法取引(合意制度)の導入は、内部告発や社内調査を促進し、企業のコンプライアンス強化にもつながるのではないかと言われています。

企業犯罪に関する司法取引の事例

2013年、タイの発電所建設事業に関して、三菱日立パワーシステムズの従業員らが現地の公務員に対し、数千万円の賄賂を渡したという事件が発生しました。

同社は社内調査を行った上で、特捜部にこれを申告・協議し、司法取引の合意を行ったとされています。

本件事案は不正競争防止法違反の贈賄行為であり、5年以下の懲役、500万円以下の罰金またはこれらの併科となり、法人に対しては3億円以下の罰金が科されます。

本件においては、企業側が司法取引による捜査協力を行ったため、法人としては起訴猶予の処分が下されました。

個人による内部告発のケースとその動機

社員(従業員)個人が内部告発を行う場合として想定されているケースはどのようなものでしょうか。以下では内部告発が行われる具体的なケースとその動機について紹介していきます。

 

複数人の役員が関与して犯罪が行われた場合

企業において、複数人の役員が関与して犯罪が行われた場合、その犯罪類型としては、 談合、贈収賄、業務上横領、法人税法違反など、さまざまな犯罪が想定されます。

こうした場合に内部告発が利用される動機は、経営の責任者である取締役など役員の犯罪関与を明らかにする点にあります。

したがって、司法取引は多くの場合、犯罪行為に直接関わった社員がその役員の関与について供述することを条件とし、自己の刑事責任の減免を保障してもらう合意のもとで、協議が進められることになります。
 

複数の会社が関与している犯罪

複数の会社が関与して犯罪が行われた場合は、課徴金減免制度が適用される場合と類似しています。

課徴金減免制度とは,企業が自ら関与したカルテルや入札談合について違反があった場合に、その違反を公正取引委員会に申告し、課徴金の減免を受ける制度をいいます。

 

もっとも、課徴金減免制度は、自主的に会社が違法行為の申告をすることを促す制度であり、他人の違法行為の申告を促す制度である司法取引とは性質が異なります。

また、司法取引制度は課徴金減免制度に比べ対象犯罪が多岐にわたっています

したがって、司法取引を利用すれば多様な犯罪に対して、社員が、雇用先企業の役員が犯罪に関与している旨の告発を行うことができるだけでなく、他企業の役員についても同様に告発することできます

有効な内部告発の条件

司法取引制度を利用した内部告発を行う場合、その告発が有効とされるには一定の条件があります。

最高検察庁新制度準備室が公表した司法取引制度の運用指針を参照してみましょう。

「検察官は、合意するか否かの判断に当たり、合意をした場合に本人が行う協力行為により得られる証拠(供述等)の重要性や信用性、本人が合意を真摯に履行する意思を有しているかなどを見極めることが必要である。そのため、協議においては、本人から合意した場合に行う協力行為の内容を十分に聴取するとともに、協議における本人の供述について裏付捜査を行い、その信用性を徹底して吟味すべきである。」

【引用】合意制度の当面の運用に関する検察の考え方|法律のひろば2018年4月号

 

すなわち、司法取引の合意には、単に被疑者・被告人が知っていることを供述すれば十分というわけではなく、メールや通話の履歴、取引証票、社内文書などの多くの物的証拠によって裏付けがなされ、犯罪の真相を明らかにするだけの信用に足る協力が必要と考えることができます。
 

内部告発されることの企業側から見たデメリット

企業が経営を行なっていく上では、他企業や消費者との取引行為など、他人との関係を信頼によって担保することになります。内部告発のような形で企業が罪に問われることになった場合には、企業の信用に大きな影響が及ぶことになり、今後の経営に大きな支障をもたらすことになります。

また、その告発が犯罪として認められた場合、企業は刑事責任を追及されることになり、多額の損害を負うことになります。
 

司法取引に対する企業の備え|より一層のコンプライアンス強化が大事

司法取引制度の導入によって、企業内部での告発が今後促進される一方で、企業は司法取引に対して対策を講じることはできるのでしょうか。以下、司法取引制度に対する企業側の対応策についてご説明します。

司法取引への社内対策

司法取引における内部告発に対する社内対策として、コンプライアンスの見直しと強化を挙げることができます。

取引行為などの違法行為への役員の関与が、捜査当局に対する社員の協力行為によって初めて明らかになったとすれば、当該企業におけるコンプライアンスが確立されていないことの証明になります。

つまり、企業の内部通報制度による自浄作用が機能していないことになります。こうした状況を打開するために、迅速かつ適切にコンプライアンスの立て直しと強化を図る必要があります。

司法取引への社外対策

一方で、有効な社外対策としては、取引先や同業他社などに対する捜査当局の動向に注意を払うことが挙げられます。万が一、自社の役員・従業員が違法行為をしていた場合、あるいは違法行為をしそうになっていた場合には、捜査の進捗や範囲によっては、自社の役員が突然逮捕される可能性も考えられます。

取引先など、関与する企業が多ければ多いほどそのリスクは高まるため、業界の動向やマスメディア・報道各局、同業他社などには常に注意を払っておく必要があります。
 

司法取引について弁護士に相談するメリット

先述の通り、司法取引を行う際には、協議の開始から合意の成立まで、弁護人が関与することが法律によって定められています

また、協議を開始するにあたっては、取引内容の信憑性について、弁護人にアドバイスを受ける必要があります。

司法取引は被疑者・被告人にとって有利に働くかどうかだけでなく、第三者に大きな影響が及ぶことが多いため、その判断には慎重さが不可欠となります。

弁護士に依頼すれば、協議から合意まで、幅広くアドバイスを受けることができます。

 

まとめ

以上のように、司法取引制度には、迅速な捜査と事件の真相解明を可能にするなどの利点がある一方、問題や懸念も指摘されています。問題点を踏まえつつ修正を加え、刑事手続きの信頼を担保した制度設計が行われていくと考えられます。

企業には、社会的・制度適用性の観点からコンプライアンスを重視した企業統治をしていくことが求められています。

 

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