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医師や歯科医師には高い職業倫理が求められるため、患者側から診察や治療を求められた場合には、原則として診療を実施しなければいけません。
ただ、どのような事情があってもいつ何時も応召義務を果たさなければいけないとなると、医師・歯科医師側の労働環境が劣悪になるリスクがあります。
また、医療費不払いや粗暴行為に及ぶクレーマーのような患者への対応まで強いられると、安全な医療行為の提供さえ難しくなりかねないでしょう。
本記事では、医師や歯科医師に課される応召義務のルール、応召義務が免除される正当な事由の内容、応召義務トラブルに対応するために弁護士に相談するメリットなどについてわかりやすく解説します。
応召義務とは?医師等が診療を拒んではいけないルールのこと
応召義務とは、正当な理由がない限り、医師や歯科医師は診察や治療の求めに応じなければいけないという義務のことです。
応招義務・診察義務と呼ばれることもあります。
応召義務は、医師法及び歯科医師法で以下のように規定されています。
第十九条第一項 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
引用元:医師法 | e-Gov 法令検索
第十九条第一項 診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
医療には、人々が安全安心に生活をするうえで欠かせないインフラ的な側面があります。
たとえば、けがをしたり病気にかかったりしたときに、医師などに診察を求めたにもかかわらず、理由もなく拒否されると、適切な医療行為を受けることができず、健康な状態に戻ることができません。
また、人々にとって不可欠な役割を担う医師などには、不当に診察や治療を拒否するようなことがないように、高い職業倫理が求められるべきでしょう。
以上を踏まえると、医師などに求められる職業倫理を高く保持し、患者の権利や生命・身体の安全を保護するために、応召義務が定められていると考えられます。
「応召義務とは?」と調べている方向けの3つの基本ポイント
応召義務を理解するうえで押さえるべき基本事項は、以下の3つです。
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それぞれのポイントについて、詳しく見ていきましょう。
1.原則として医師や歯科医師は診療の申入れを断れない
医師や歯科医師は、患者から診療・治療の申し入れがあった場合には、原則としてこれに応じなければいけません。
医師や歯科医師が診察や治療を拒否できるのは、拒否することについて正当な理由があるときに限られます。
そもそも、医業は国家資格を保有する医師の独占業務です。
医師免許を保有しない人物による医療行為が禁止されている状況において、医師に応召義務が存在しないと、人々の生命・身体が適切に救護されません。
また、医療は高い公共性が認められる職業です。
医師が理由もなく診察や治療を拒否できるとなると、医師の公共的な役割も否定されかねません。
2.「正当な事由」がある場合には診療を断ることができる
医師や歯科医師には応召義務が課されているので、原則として、患者側から診察・治療を求められると拒否できず、診察・治療をおこなわなければいけません。
ただし、診察や治療を拒否することについて正当な事由がある場合には、診察・治療を断ることができます。
たとえば、以下のようなケースは正当な理由として認められる可能性が高いです。
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なお、正当な事由があるかどうかを決定するときには、個別具体的な事情を総合的に考慮されます。
医師側としては、事後的に応召義務違反を問われないようにするために、個別事案ごとに医師の職業倫理に照らしながら応召義務を果たすべきかを慎重に判断するべきでしょう。
3.応召義務違反になっても刑事罰が科されるわけではない
医師法及び歯科医師法では、応召義務違反時の刑事罰に関する規定が置かれていません。
つまり、医師や歯科医師が応召義務違反に問われる場合でも、その医師や歯科医師が逮捕・勾留されたり、有罪になって刑事責任を問われたりすることはないのです。
また、応召義務は公法上の義務であり、医師が患者に対して民事上負担する私法上の義務ではありません。
そのため、応召義務違反を直接的な理由として民事上の損害賠償責任を追求されることはないということです。
ただし、故意または過失によって応召義務に違反した結果、患者の重篤な症状などを見落として何かしらの損害が生じた場合には、応召義務違反から治療ミスなどに至るまでの一連の行為が民法上の不法行為に該当すると判断されて、賠償責任を追求されるリスクは存在します。
なお、理屈上は、応召義務違反を理由に行政処分が下される可能性はありますが、現段階で押送義務違反を理由とする医師免許の停止・取り消しなどの行政処分が下された実例は確認されていません。
【ケース別】応召義務に応じる必要があるかどうかの判断ルール
ここからは、応召義務を果たすべきかを判断するときに考慮されるポイントや判断指針について解説します。
1.緊急対応の必要がある場合
まずは、重篤な病状や怪我を負った患者が来院した場合についてです。
このような緊急対応の必要性が高い場合の応召義務について検討するには、診察・治療を求められたタイミングが医師の勤務時間内かどうかで区別する必要があります。
それぞれのケースについて、見ていきましょう。
医師の勤務時間内に診察・治療を求められた場合
緊急対応の必要がある患者から医師の勤務時間内に診察・治療を求められた場合には、原則として応召義務を果たさなければいけません。
ただし、以下のような事情を考慮した結果、事実上診療が不可能といえる場合には、応召義務を果たさないことについて正当な事由があると判断されます。
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「医師の勤務時間中=応召義務が生じる」というわけではないことを覚えておきましょう。
医師の勤務時間外に診察・治療を求められた場合
緊急対応の必要がある患者から医師の勤務時間外に診察・治療を求められた場合、応召義務を果たすべきを判断する基準が変わってきます。
というのも、応召義務があるからという理由で医師に無制限に際限のない長時間労働を強いると、医師の労働環境が劣悪になりかねないからです。
まず、医師の勤務時間外に緊急の診察・治療を求められたときには、医師に求められる職業倫理上、応急的に必要な処置をとるべきだと考えられます。
ただし、あくまでも勤務時間外であることから、応召義務を果たさなかったとしても、原則として公法上・私法上の法的責任に問われることはありません。
また、患者が置かれた緊急的な状況を踏まえて必要な処置をとることにしたとしても、医師として果たすべき治療などの程度は低いと考えられます。
なぜなら、あくまでも勤務時間外・診療時間外なので、医療設備や看護師などの医療資源が不十分な可能性があるからです。
たとえば、緊急の処置を要する患者が直接医療機関を訪問してきたような場合には、最低限必要だと思われる処置をおこなったうえで、速やかにその時点で適切な医療行為を実施できるであろう病院などに連絡をして救急搬送するなどの措置をとることが望ましいでしょう。
なお、この状況で医師が患者の診断・治療を引き受けたとしても、その医療行為は民法第698条の緊急事務管理に該当すると考えられています。
そのため、緊急的な医療行為の結果、患者側に何かしらの損害が生じたとしても、悪意または重大な過失が存在しない限り、民事上の賠償責任を追求されることはありません。
2.緊急対応の必要がない場合
症状が安定しているなど、緊急性が低いと判断される事案の応召義務についても、患者側から診療・治療を求められたタイミングが医師の勤務時間内か否かによって区別して考える必要があります。
それぞれのケースについて、見ていきましょう。
医師の勤務時間内に診察・治療を求められた場合
緊急対応の必要がない患者から診察・治療を求められた場合でも、医師の勤務時間内である限りは、原則として応召義務を果たすべく、必要な医療を提供しなければいけません。
ただし、緊急対応の必要がある患者に比べて、応召義務を果たさずに済む正当な自由の範囲は広く解釈されるのが実情です。
たとえば、以下のケースに当てはまる場合は、正当な理由があるとして応召義務は生じない可能性が高いでしょう。
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医師の勤務時間外に診察・治療を求められた場合
緊急性が低い患者から診察・治療を求められたタイミングが医師の勤務時間外なら、即座に応召義務を果たす必要はなく、診療や治療を拒否しても法的責任を問われることはありません。
ただし、医師の職業倫理の観点からは、来院した患者をその場で突き返すのではなく、診療時間内に受診するように依頼をしたり、ほかの診察可能な診療所や病院を紹介したりするのが望ましいでしょう。
3.信頼関係などに問題がある場合
応召義務が生じるかどうかについては、治療の緊急性以外にも個別具体的な事情が影響する場合があります。
具体的なケースとして、以下4つについて見ていきましょう。
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患者が迷惑行為を繰り返す場合
患者が以下のような迷惑行為を繰り返す場合には、患者と医師・医療機関との間の信頼関係が壊れていると考えられます。
そのため、患者から診察・治療を求められたとしても、新たな診療をおこなわないことが正当化されます。
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患者が医療費を支払わない場合
前提として、過去に医療費の不払いがあったという事実だけで、来院時の診察・治療を拒否することはできません。
というのも、今回来院したタイミングでは充分な支払い能力があり、また、医療費を支払う医師がある可能性があるからです。
たとえば、国民健康保険に加入していなかったり、健康保険料を滞納していたりしたとしても、来院時に医療費全額を自腹で支払う可能性がある以上、直ちに応召義務を果たさないと医療法違反に問われます。
しかし、以下のような事情があるときには、診療を拒否しても応召義務違反に問われることはありません。
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入院患者を退院させる場合や患者をほかの医療機関に転院させる場合
患者側が入院や診療の継続を希望しているにもかかわらず退院させること、ほかの医療機関を紹介したり転院させたりすることは、その医療機関での診療をやめるという意味では応召義務に違反しているようにも思えます。
ただ、医学的に入院を継続する必要性がない場合には、通院治療などに切り替えたとしても適切な医療行為を受けられるため、退院させることが応召義務違反になることはありません。
また、現在日本のほとんどの地域では、ひとつの病院だけが集約的にエリア全体の医療を負担するのではなく、複数の医療機関が相互に機能分化・連携して地域全体で患者ごとに適正な医療を提供することが目指されているのが実情です。
そのため、患者の病状に応じて大学病院などの高度な医療機関が地域の医療機関を紹介したり、逆に、地域の医療機関が高度かつ専門性の高い医療行為を提供できる大規模病院への転院を依頼・実施したりすることも、応召義務の観点からは問題ない行為だといえるでしょう。
差別的な取り扱いが懸念される場合
患者の年齢、性別、人種、国籍、宗教などを理由として診察・治療を拒否することは、応召義務違反です。
しかし、言語の壁が原因で患者に対して治療行為の内容を説明したり、症状の聞き取りが難しかったりする場合、宗教上の理由で診療行為に制限が加わり怪我・病気の回復に必要な処置をおこなうのが難しい場合には、診断・治療を拒否しても応召義務違反に問われることはありません。
たとえば、信仰上の理由から輸血を拒否する患者には手術などの措置をとることができませんが、医学的な初見からは患者の症状からどうしても手術が不可欠だと判断される状況なら、診療をしなくても、応召義務を果たさない正当な事由があると判断される可能性が高いです。
また、特定の感染症に罹患していることを理由に診療を拒否することも原則として応召義務違反に該当します。
ただし、1類感染症や2類感染症など、制度上、特定の医療機関での対応が義務付けられている感染症に患者が罹患している場合、または、罹患している疑いがある場合には、診療を拒否することに問題はありません。
応召義務に関するトラブルに巻き込まれないための3つのコツ
さいごに、応召義務に関するトラブルを予防するために、病院側で実施しておくべき対応策を紹介します。
1.応召義務の基本的なルールを理解しておく
まずは、応召義務の内容や法的性質、基本的なルール、応召義務が問題になった実際の事例などをしっかりと理解してください。
応召義務が制度化された背景や趣旨、正当な事由の考え方などを把握しておけば、応召義務が問われる事案に直面したときにも、病院側として適切に対応できるでしょう。
2.診療拒否の場合のマニュアルを準備しておく
次に、患者からの診断・治療の求めに対して診療を拒否するときのマニュアルを用意することも重要です。
医療機関内で診療拒否についての統一マニュアルがあれば、その医療機関内で働く医師・看護師が同じ方針に基づいて患者に対応しやすくなります。
診療拒否に関するマニュアルを作成するときには、以下のポイントに留意をしてください。
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3.医療法務が得意な弁護士と顧問契約をしておく
応召義務をめぐるトラブルに適切に対応したりリスクヘッジを希望したりするなら、弁護士と連携しておくことを強くおすすめします。
医療法務を得意とする弁護士との間で顧問契約を締結することで、応召義務トラブルにとらわれず、幅広い範囲で以下のようなメリットを得られるからです。
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医療機関の経営には、一般事業企業以上にクリーンさが求められるといっても過言ではありません。
普段から弁護士と提携しておけば、リーガルチェックによって健全な経営体制を整えることができるだけではなく、トラブル発生時のスムーズな対応も可能になるでしょう。
さいごに|応召義務のルールを踏まえて安全に診療をおこなおう!
医療機関にはさまざまな患者がやって来ます。医師や歯科医師が応召義務を尽くすべきか否かの判断に迷わないように、普段から安全・安心な医療行為を提供できる環境を用意しておくべきです。
そのためには、応召義務をめぐるルールを理解するだけではなく、普段から医療法務に詳しい弁護士とコミュニケーションをとっておくことが非常に重要だといえます。
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