司法取引制度とは、被疑者や被告人が、共犯者についての情報を提供することを条件に、検察官が、かかる条件を認めた者の責任を援助したり、不起訴処分としたりする制度です。
日本では2018年6月に新たに導入されました。日本以外の国では、古くからこの制度が運用されていた国々も存在します。現在は、主にアメリカを中心に運用されています。
この記事では、司法取引制度の概要を解説します。
日本とアメリカの司法取引制度の違い
日本とアメリカの司法取引制度には、いくつか相違点があります。ではどのような点に違いがあるのでしょうか。まずは基礎知識として、両国の制度の特徴を説明します。
自己負罪型と捜査・公判協力型
司法取引制度には、自己負罪型と捜査・公判協力型があります。
自己負罪型とは、自らの犯罪を認めることで恩恵を享受することのできる仕組みであり、アメリカで採用されています。
一方、捜査・公判協力型は、他人の犯行について説明した場合、自己の刑が減少するというもので、日本が採用しています。
対象となる犯罪
対象となる犯罪については、アメリカでは、特に定められていません。
日本では、組織的に行われる賄賂など一定の財政経済犯罪と、薬物や銃器に関わる犯罪、司法的な制度の妨害行為に限定されており、殺人や性犯罪は、被害者の感情に配慮し、対象外とされています。
両国で共通している点
取引当事者については、検察官と容疑者・被告人及びその弁護人とされています。また、取引の効果については起訴の有無、訴因の選択などとなっています。この2点については、両国で共通しています。
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日本 |
アメリカ |
制度仕組み |
捜査・公判協力型 |
自己負罪型 |
対象犯罪 |
組織犯罪・薬物犯 |
規定なし |
日本における司法取引とは
日本の司法取引制度は、2018年6月に、刑事訴訟法の改正とともに新たに導入されました。
司法取引制度は、組織の関与する大規模な犯罪を明らかにすることに効果的とされています。
導入の背景
なぜ、日本でも司法取引制度が導入されたのでしょうか。
組織犯罪への対応
暴力団など組織的に行われる犯罪は、組織内で秘密裏に行われるため、犯行を明らかにするための必要な証拠を入手することができないという特徴があります。導入により、組織犯罪の犯人を暴き出す効果があります。
企業犯罪への対応
賄賂罪や横領罪、背任罪をはじめとする企業犯罪への対応という側面もあります。
社会的に地位の高い者が、自らの権力を悪用して行う企業犯罪は、日本の法律上、犯罪として問疑することが困難です。そのため、組織により行われる悪性の高い犯罪を暴き出すためにも導入されました。
その他
現在の日本の法律では、起訴・不起訴を決定する際、検察官の裁量により決定が行われています。そのため、自白をしたり、犯罪を行ったことについて反省の態度が見られたりする場合は、起訴をしないなどの対応が行われています。
しかし、利益の許与を約束して、被疑者から供述を得ることは許されていないため、十分な証拠を入手できないという課題がありました。このような問題点の解決のためにも、司法取引制度が導入されました。
導入における課題
この制度の導入には、課題もあります。
黙秘権の侵害
まず、黙秘権の侵害が挙げられます。
検察官が被疑者の利益となるような事項を申し出、それを原因として被疑者が自白することは、黙秘権の侵害にあたる恐れがあります。また、減刑などの利益を求めるあまり、被疑者が虚偽の供述をする可能性もあります。
証拠収集への弊害
証拠の収集がきちんと行われなくなる恐れがあります。この制度が多用されると、検察官が取引により得た証拠に固執してしまう可能性があります。
冤罪が起きる可能性
導入における問題点として最も大きなものは、虚偽の申告などにより冤罪が生じる危険性です。
冤罪を防ぐため、虚偽の申告をした場合は、懲役5年以下の罰則規定が設けられ、協議には容疑者の弁護人が必ず立ち会うことが原則になっています。
日本における司法取引の事例
実際に適用事例が存在しますので、以下でその詳細をご紹介します。
タイの発電所建設事業をめぐる不正競争防止法違反事件
事業を受注した三菱日立パワーシステムズ(以下、MHPS)と、この事件の捜査を行った東京地検特捜部との間で、MHPSの責任を問わない代わりに、違法行為を行った役員の捜査に協力する旨の取引が成立しました。
この取引の成立により、当該事件の詳細を暴き出すという効果があったことが考えられます。しかし、以下のような問題点も挙げられます。
個人へ責任が集中することの是非
MHPSと検察官の取引で、この事件に関与した役員の刑事処罰に協力することで合意した点が挙げられます。これにより、会社自体が責任を問われることを免れ、役員が責任を問われることとなりました。
賄賂の指示を行った役員は、個人の利益を求めて行ったのではなく、会社のために罪を犯したという見方もできます。会社のために行動した役員が処罰されるという事態が、あってよいことなのかという議論があります。
組織の利益が優先されることへの懸念
MHPSが、役員の責任が問われることを認識しながら、犯行について認めた背景には、贈収賄について国際的に罰則を強化する流れがあることが挙げられます。
会社ぐるみで贈収賄を行うと、国際的に非難される可能性があります。そのために、MHPSは会社の利益を優先し、個人を切り捨てて、自白したと考えられています。
個人のみが追及されることがないような制度整備が必要
この事例により、司法取引制度の問題点が一つ浮き彫りになったといえます。
制度自体がなければ、MHPSも自白せずに隠匿した可能性があります。その一方で、会社にはそこで働く者を守る役割もあるはずです。
現状の司法取引制度は、個人が組織の犠牲になってしまう危険性をはらんでいます。この課題が解決するよう、今後の制度整備が急がれているといえるでしょう。
参考:不正競争防止法違反による当社元役員および元社員の起訴について|三菱日立パワーシステムズ
司法取引の具体的な内容
新たに導入された司法取引制度の内容は、以下の通りです。
まず、日本の司法取引制度において、適用の対象となる犯罪については、刑事訴訟法350条2項各号に規定されている特定犯罪とされています。
この制度は、主に以下の手続きの下、利用されます。
- 検察官または弁護人からの協議開始の申し入れ
- 三者による協議
- 取引成立
取引に合意した当事者は、相手方当事者が合意に違反した場合には、離脱が認められます。
また、合意が成立しなかった場合は、被疑者・被告人と協議し、他人の犯罪について証言が得られても、その証言を証拠とすることができません。
司法取引への対策|企業側の備え
司法取引制度のメリットを生かすためには、平時からの備えが必要となります。では、どのような備えが必要となるのでしょうか。
内部統制を徹底する
外部告発や報道により、企業の不正・不祥事が露見する可能性が高まることとなります。
外部機関からの告発により違法行為が明らかになると、対応が遅れ、情報の隠蔽を疑われやすくなります。そのため、企業としては、内部的な情報を把握することに努める必要があります。
具体的には、内部監査の実効性向上、不正行為についての報告義務履践の徹底など、内部の情報を漏れなく把握するための仕組みを構築し、万全に備えることが重要です。
制度への理解を深める
司法取引制度は、単なる刑事手続きの一部ではなく、複数のパターンが存在する複雑な制度です。
そのため、制度の対する理解を深め、どのようなケースが予想されるか、予想したケースが発生した場合の対応方針などを整理しなければ、制度を利用することはできません。
不利益を被り得る社員への対応を考えておく
司法取引制度を利用する際には、会社が自白する代わりに社員の責任が問われることがあります。そのため企業には、会社の利益と社員の利益の衡量という、難しい判断が求められることになります。
もし制度を利用することになった場合、社員にどのような説明をし、どのように対応していくのかを、日頃から検討しておく必要があります。
このように、司法取引制度の利用にあたっては、高度かつ困難な判断を要する場面が出てきます。日頃からどのような対応を行うのか検討し、いざというときのために備えておきましょう。
まとめ
司法取引制度は、日本においては導入されて間もない制度であり、どのような欠点をはらんでいるのかについて、判明していないことが多々あります。具体的な適用例もまだ少ないのが現状です。そのため、今後の成り行きに注目する必要があります。
また、この制度に対する理解を深めた上で、利用していく必要があります。具体的にどのような問題が生じるのかについて、日々想定し、問題が現実となった場合に適切な対応を取れるよう、具体策を練っておくことが求められるでしょう。
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