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2025年5月14日、労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律が第217回国会で成立しました。この改正は、多様な働き方に対応した安全衛生対策を実現するため、個人事業者等への対策拡大、メンタルヘルス対策の強化、化学物質管理の推進など包括的な措置を講じるものです。
特に注目すべきは、一人親方やフリーランス等の個人事業者への保護拡大と、従業員50人未満の事業場でのストレスチェック義務化です。多くの改正項目が2026年4月1日の施行を予定しており、企業の人事・労務担当者は早急な準備が必要となります。
本記事では、改正の背景から具体的内容、影響を受ける業界、実務上の対応ポイントまで詳しく解説します。
参照:厚生労働省「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律について」
今回の改正の最大の契機は、2021年5月17日の建設アスベスト訴訟における最高裁判決です。最高裁は労働安全衛生法第22条が労働者だけでなく、同じ場所で働く労働者以外の者も保護する趣旨であると判示しました。
働き方の多様化も重要な背景です。2020年の内閣官房調査では、広義のフリーランスは462万人に達しています。厚生労働省は令和4年5月から「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」を開催し、建設業の一人親方やフードデリバリー配達員の災害実態を踏まえ、法的保護の必要性を確認しました。
メンタルヘルス対策では、精神障害による労災支給決定件数が令和5年度に1,055件と過去最多を記録しています。従業員50人未満の事業場のストレスチェック実施率は約34.6%と、50人以上の81.7%と大きな格差がありました。厚生労働省は2024年11月の「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」中間とりまとめで、事業場規模にかかわらず義務化が適当と結論付けました。
化学物質管理については、国内で使用される約7万種類の化学物質のうち、規制対象はわずか123物質です。化学物質による労働災害の約8割が規制対象外の物質によるものであり、令和元年から令和3年の「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」で、個別規制から自律的管理への転換が提言されました。
出典:厚生労働省「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書」
ここから、今回の労働安全衛生法の改正において、主要な5つの点について概要をみていきます。
既存の労働災害防止対策に個人事業者等も取り込み、労働者のみならず個人事業者等による災害の防止を図る措置が導入されました。
労働安全衛生法第20条等に基づく措置について、請負人である個人事業者等や同じ場所で作業を行う個人事業者等も対象とします。また、個人事業者等が過重労働により脳・心臓疾患や精神障害を発症した場合、本人や注文者等が国に報告できる仕組みが創設されます。施行日は危険箇所等における措置の対象拡大が2026年4月1日、業務上災害報告制度が2027年1月1日です。
ストレスチェックについて、現在努力義務となっている労働者数50人未満の事業場についても実施を義務とします。施行は公布後3年以内に政令で定める日とされ、50人未満の事業場の負担に配慮し、十分な準備期間が確保されます。2026年度に「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」が公表予定です。
化学物質の譲渡等実施者による危険性・有害性情報の通知義務違反に罰則が設けられます。化学物質の成分名が営業秘密である場合、一定の有害性の低い物質に限り、代替化学名等の通知が認められます。個人ばく露測定が作業環境測定の一つとして位置付けられ、作業環境測定士等による適切な実施が担保されます。
ボイラー、クレーン等に係る製造許可の一部や製造時等検査について、民間の登録機関が実施できる範囲が拡大されます。施行日は2026年1月1日であり、施行済みです。
高年齢労働者の労働災害防止に必要な措置の実施を事業者の努力義務とし、国が当該措置に関する指針を公表します。施行日は2026年4月1日です。
参照:厚生労働省「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律案の概要」
さらに、それぞれの改正項目のポイントについて、深掘りして解説していきます。
個人事業者等への対策で最も重要なのは、措置の対象範囲拡大です。これまで自社の労働者のみが対象であった危険箇所への立入禁止、退避、悪天候時の作業禁止などの措置について、一人親方、下請業者の労働者、資材搬入業者、警備員など、契約形態に関係なく作業現場にいるすべての人が対象となります。
元請事業者や統括安全衛生責任者を選任している事業場では、一人親方等への措置の周知方法や記録の保存方法について具体的な手順を整備する必要があります。周知は、書面の交付、口頭での説明、現場への掲示など、複数の方法を組み合わせて行うことが推奨されています。

特に重要なのは保護具の使用に関する周知義務です。高所作業における安全帯、粉じん作業における防じんマスクなど、作業内容に応じて必要な保護具を明示し、その使用方法を説明する必要があります。事業者は下請事業者や一人親方に指揮命令できないため、「周知」という形で情報を伝えます。
出典:厚生労働省「個人事業者等に対する安全衛生対策について」
厚生労働省の検討会では、50人未満の事業場の課題として、産業医不在、プライバシー保護の難しさ、予算・人員の制約が指摘されています。これらに対応するため、小規模事業場に即した実施内容が検討されています。
実施体制については、産業医がおらず適切な情報管理等が困難な場合があるため、原則として外部委託が推奨されます。委託先としては、産業保健総合支援センターの地域産業保健センター、民間の健康管理サービス会社、医療機関などが考えられます。

労働基準監督署への実施結果の報告義務については、一般健康診断と同様に、50人未満の事業場については負担軽減の観点から課さないことが適当とされています。ただし、高ストレス者への医師による面接指導の機会提供など、制度の本質的な部分については50人以上の事業場と同様の対応が求められます。
出典:厚生労働省「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会 中間とりまとめ」
化学物質管理の改正は、「個別規制型」から「自律的管理型」への転換を意味します。まず、危険性・有害性情報の通知義務違反に罰則が導入され、安全データシート(SDS)の交付義務やラベル表示義務の実効性が高まります。
個人ばく露測定が作業環境測定の一つとして法的に位置付けられます。個人ばく露測定とは、労働者が実際にどの程度化学物質にばく露されているかを、個人サンプラーを用いて測定する方法です。作業環境測定士等による適切な実施が担保されます。
特に重要なのは、濃度基準値設定物質の拡大です。厚生労働省は、リスクアセスメント対象物のうち、労働者への健康影響が特に懸念される物質について、順次濃度基準値を設定しています。2024年4月から約90物質、2025年4月から追加で約100物質について濃度基準値が設定され、今後も段階的に拡大される予定です。
出典:厚生労働省「化学物質による労働災害防止のための新たな規制について」
ボイラーやクレーン等の製造許可や製造時検査について、民間登録機関での実施範囲が拡大されます。これにより、事業者は申請から許可取得までの期間短縮が期待でき、特に新製品の市場投入を急ぐメーカーにとってメリットが大きいと考えられます。
事業者に対しては、高年齢労働者の身体機能の低下を考慮した作業環境の整備、作業内容の見直し、健康管理の充実などの措置を講じるよう求められます。国は具体的な措置に関する指針を公表予定です。高年齢労働者の労働災害は転倒、墜落・転落が多く、重症化しやすい傾向があります。
今回の労働安全衛生法の改正によって影響が相当程度あると考えられる業界について、3つピックアップして解説していきます。
従業員50人未満の事業場は日本の全事業場の約9割を占め、その多くが小売業、飲食業、サービス業などの第三次産業です。これらの業種では、ストレスチェックの実施経験がなく、実施体制の構築から着手する必要があります。
小売業やサービス業では従業員のシフト制勤務が多く、全従業員に確実にストレスチェックを実施するための調整が課題となります。飲食業では長時間労働や不規則な勤務が常態化しているケースも多く、高ストレス者が多数検出される可能性があります。

そして、フリーランスへの安全衛生対策の実施については、多くの企業で業務委託社員や副業参画による社員が、特にベンチャー・スタートアップ企業を中心に増加している傾向にあることから、労務上重要な対策が求められてくるといえるでしょう。
化学系・製薬会社は化学物質管理の強化により最も大きな影響を受けます。リスクアセスメント対象物質の拡大により、これまで規制対象外であった物質についても、危険性・有害性の評価とリスク低減措置の実施が必要となります。
濃度基準値設定物質の拡大により、ばく露濃度の測定と評価が義務化されます。アセトニトリル、アセトアルデヒド、エチレングリコールなど、有機合成や分析化学で広く使用される物質が濃度基準値設定物質に含まれており、個人ばく露測定や作業環境測定を実施し、ばく露濃度を評価する必要があります。
また、化学物質管理者の選任が義務化されたことにより、専門的な知識を有する人材の確保と育成が課題となります。化学物質管理者は厚生労働大臣が定める専門的講習を受講する必要があり、リスクアセスメントの実施、ばく露防止措置の選択、保護具の管理などの業務を担当します。
建設業では一人親方の活用が一般的であり、元請事業者や下請事業者は一人親方に対しても労働者と同等の保護措置を講じる義務を負います。具体的には、危険箇所への立入禁止、墜落・転落防止措置、悪天候時の作業禁止などについて、一人親方にも周知し、遵守させる必要があります。
2027年1月からは一人親方の業務上災害報告制度が開始されます。一人親方が作業中に死亡または4日以上の休業を要する災害に遭った場合、元請事業者等は労働基準監督署に報告する義務を負います。
製造業では化学物質を使用する工程が多く、化学物質管理の強化による影響が大きくなります。塗装工程、洗浄工程、接着工程などでは有機溶剤や洗浄剤を使用するため、リスクアセスメントの実施とばく露防止措置の徹底が必要です。
最後に、労働安全衛生法の改正に対応するため、特に実務上ポイントとなる点を3つピックアップして解説していきます。
厚生労働省の「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」報告書では、事業者自身がリスクアセスメントを実施し、その結果に基づいてばく露防止措置を選択・実施することが求められています。
化学物質管理者は労働安全衛生規則第12条の5に規定されており、厚生労働大臣が定める化学物質管理者講習を修了した者、またはこれと同等以上の能力を有すると認められる者である必要があります。講習は全国の労働基準協会や民間の専門機関で実施されており、2日間程度のカリキュラムで化学物質の危険性・有害性、リスクアセスメントの実施方法、ばく露防止措置の選択、関係法令などを学びます。
リスクアセスメントの実施手順については、厚生労働省が「CREATE-SIMPLE」や「コントロール・バンディング」などのツールを提供しています。コントロール・バンディングは、ILO(国際労働機関)が開発した簡易的なリスク評価手法で、化学物質の有害性、取扱量、揮発性・飛散性の3つの要素から必要な管理レベルを判定します。
参照:厚生労働省「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」

実務上のポイントは、まず事業場で使用している化学物質のリストを作成し、それぞれについてSDS(安全データシート)を入手することです。SDSには化学物質の危険性・有害性、取扱い上の注意、保護具の選択などの情報が記載されており、リスクアセスメントの基礎資料となります。
「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」報告書では、建設業における墜落・転落災害、運送業における交通事故、フードデリバリー配達員の事故などが多発していることが報告されています。
第一のポイントは、個人事業者等の範囲を正確に把握することです。対象となるのは、自社の作業現場で作業に従事する一人親方、下請業者の労働者、資材搬入業者、警備員、清掃業者など、契約形態を問わずすべての者です。
第二のポイントは周知方法の確立です。個人事業者等には指揮命令権が及ばないため、措置の内容を「指示」することはできず、「周知」という形で伝える必要があります。周知の方法としては、書面の交付、口頭での説明、現場への掲示、キックオフミーティングでの説明などが考えられます。
第三のポイントは記録の作成と保存です。個人事業者等に対してどのような措置を周知したかについて、記録を作成し保存することが重要です。記録には、周知の日時、方法、内容、対象者などを記載します。
第四のポイントは、請負契約における安全衛生条項の明記です。個人事業者等との請負契約において安全衛生に関する条項を明記し、元請事業者が実施する安全衛生措置への協力義務を規定することが有効です。
出典:厚生労働省「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書」
「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」の中間とりまとめでは、50人未満の事業場において原則として外部委託が推奨されています。
第一のポイントは実施体制の検討です。外部委託先の選定に当たっては、厚生労働省が作成予定の「外部機関にストレスチェック及び面接指導の実施を委託する場合のチェックリスト」を活用することが推奨されています。
第二のポイントは予算の確保です。ストレスチェックの実施には、検査費用、実施者への委託費用、高ストレス者への面接指導費用などが必要となります。外部委託する場合の費用は、従業員1人あたり500円から2000円程度が相場とされています。
第三のポイントは社内規程の整備です。ストレスチェックの実施方法、実施頻度、実施者、結果の取扱い、面接指導の申出方法、不利益取扱いの禁止などについて社内規程を整備する必要があります。

第四のポイントはプライバシー保護体制の確立です。従業員数が少ない事業場では、集団分析の結果から個人が特定されるリスクが高くなります。集団分析は原則として10人以上の集団で実施し、10人未満の部署については分析結果の提供を受けないことが推奨されています。
出典:厚生労働省「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会 中間とりまとめ」
おまけとして、労働安全衛生規則に関する改正点を、法律の改正点に付随して概要を解説します。
労働安全衛生法の改正に伴い、労働安全衛生規則についても複数の改正が行われています。
2025年4月1日施行の改正では、危険箇所等における退避や立入禁止等の措置の対象範囲が拡大されました。労働安全衛生規則第517条から第539条に規定される措置について、一人親方等の個人事業者も対象に含まれます。
化学物質管理に関する規定として、化学物質管理者の選任義務が2024年4月から施行されています。労働安全衛生規則第12条の5において、リスクアセスメント対象物を製造し、または取り扱う事業場ごとに化学物質管理者を選任することが義務付けられました。

労働者の雇入れ時教育に関する規定も改正されています。従来は特定の業種で一部教育項目の省略が認められていましたが、2024年4月からはすべての業種で化学物質の安全衛生に関する教育を実施することが義務付けられました。
2025年1月1日からは、労働安全衛生法関連の手続きについて電子申請が原則義務化されました。対象となる手続きは、計画の届出、報告書の提出、各種許可申請などです。
参照:厚生労働省「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令の施行等について」
2025年5月に成立した労働安全衛生法の改正は、日本の労働安全衛生行政における大きな転換点となります。従来の「労働者保護」から「働く人すべての保護」へと対象を拡大し、多様な働き方に対応した安全衛生対策が実現されます。
改正の5つの柱は、それぞれが現代の労働現場における重要な課題に対応するものです。特に、ストレスチェックの義務化拡大と化学物質管理の自律化は、これまで対策が手薄であった領域に光を当てるものです。
一方で、これらの改正は事業者、特に中小企業や小規模事業場にとって新たな負担を伴います。化学物質管理者の選任、ストレスチェックの実施、個人事業者等への措置の周知など、多くの事項について新たな体制整備が必要となります。
しかし、これらの対応は単なる法令遵守のためのものではなく、労働災害の防止、労働者の健康保持、ひいては企業の持続的成長につながるものです。労働災害や健康障害による損失は、直接的なコストだけでなく、企業イメージの低下、人材確保の困難化など長期的な影響をもたらします。
今後、厚生労働省から順次、施行令、省令、ガイドラインなどが公表される予定です。事業者は、これらの情報を注視しながら計画的に準備を進めることが重要です。特に2026年4月1日に多くの項目が施行されるため、2025年度中に基本的な体制を整備しておく必要があります。
業界団体や労働基準協会が実施する説明会や講習会への参加、産業保健総合支援センターの相談窓口の活用、外部専門機関への委託など、利用可能なリソースを積極的に活用することが推奨されます。今回の法改正を契機として、より安全で健康的な職場環境の実現に向けて、労使が協力して取り組むことが期待されます。
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