
企業経営において、法的リスクの管理は避けて通れない重要課題です。訴訟や紛争が発生してから対応するのではなく、事前にリスクを予測し、適切な対策を講じることで、企業価値の毀損を防ぎ、持続的な成長を実現することができます。
近年、コンプライアンス意識の高まりや規制強化、ステークホルダーからの要求水準の上昇により、企業に求められる法務機能は大きく変化しています。単なる「守り」の法務から、経営戦略と一体となった「攻め」の法務へ。その中核を担うのが「予防法務」という考え方です。予防法務は、法的紛争やコンプライアンス違反が発生する前に、リスクを特定・評価し、適切な予防措置を講じることで、企業の健全な発展を支える重要な経営機能です。
本記事では、予防法務の基本概念から具体的な実践方法、さらには数理的アプローチを活用した戦略法務への発展まで、体系的に解説していきます。
本記事のポイント
- 「予防法務」とは何か、臨床法務や戦略法務との違いを整理
- 企業において予防法務が重要視される背景とその意義
- 実務上の予防法務の具体例と、法務担当に求められるスキル
- 社内外の体制整備と、数理法務を通じた戦略法務への応用
予防法務とは?

予防法務とは、企業活動において生じうる法的リスクを事前に予測・分析し、適切な予防措置を講じることで、紛争や法的問題の発生を未然に防ぐための法務活動全般を指します。医療における予防医学と同様の考え方で、「問題が起きてから対処する」のではなく、「問題が起きないようにする」ことに重点を置いたアプローチです。
予防法務の本質は、単にリスクを回避することではありません。企業活動に内在するリスクを正確に把握し、そのリスクが顕在化する可能性と影響度を評価した上で、事業戦略との整合性を保ちながら、最適なリスクマネジメント策を講じることにあります。
法務イシューのカテゴリー
企業法務の機能は、その目的と時間軸によって大きく3つのカテゴリーに分類されます。
1. 臨床法務(事後対応型法務)
すでに発生した法的紛争や問題に対処する法務機能です。訴訟対応、紛争解決、事故・不祥事への対応などが含まれます。火事が起きてから消火活動を行うような、リアクティブな対応が中心となります。
2. 予防法務(事前対策型法務)
法的リスクの発生を未然に防ぐための法務機能です。契約審査、社内規程の整備、コンプライアンス体制の構築、法務研修の実施などが該当します。火災予防のための防火設備の設置や避難訓練の実施に相当します。
3. 戦略法務(価値創造型法務)
法務機能を積極的に活用して企業価値を創造する法務機能です。M&A、知的財産戦略、新規事業の法的スキーム構築、規制対応を通じた競争優位性の確立などが含まれます。法的知識を武器として、ビジネスの成長を加速させる攻めの法務です。
これら3つのカテゴリーは相互に関連しており、バランスよく機能させることが重要です。特に予防法務は、臨床法務の負担を軽減し、戦略法務への資源配分を可能にする基盤的な役割を果たします。
臨床法務との違い
- 事前対策型 - リスクが顕在化する前に予防措置を実施
- リスクの発生防止 - そもそも問題を起こさないことが目的
- 体系的・網羅的対応 - 組織全体のリスクを俯瞰的に管理
- 中長期的視点 - 持続可能な成長を支える仕組みづくり
- コスト効率的 - 予防にかかるコストは事後対応よりも大幅に少ない
- 事後対応型 - 問題が発生してから対応を開始
- 損害の最小化 - すでに生じた損害をいかに小さく抑えるかが焦点
- 個別具体的対応 - 発生した事案ごとに個別に対応策を検討
- 短期的視点 - 目前の問題解決が優先
- コスト高 - 訴訟費用、和解金、レピュテーション回復費用など多額のコストが発生
例えば、労働紛争を例に取ると、臨床法務では実際に発生した労働訴訟への対応、和解交渉、判決への対処などが中心となります。
一方、予防法務では、適切な就業規則の整備、労働時間管理システムの構築、ハラスメント防止研修の実施、定期的な労務監査などを通じて、そもそも労働紛争が発生しないような環境を整備します。
戦略法務との違い
戦略法務と予防法務は、どちらも事前対応型である点で共通していますが、その目的と方向性において明確な違いがあります。
- リスク管理志向 - 企業活動に潜在するリスクを特定し、適切に管理
- 防御的・保守的 - 企業価値の毀損を防ぐための守りの法務活動
- リスクの最小化 - 法的リスクが顕在化しないよう予防措置を講じる
- 安定性の確保 - 事業活動の継続性と安定性を法的側面から支える
- インフラ機能 - 企業活動全体を支える基盤的な法務機能
- 価値創造志向 - 法務機能を活用して新たな事業価値を生み出す
- 能動的・攻撃的 - 市場での競争優位性を確立するための積極的な法務活動
- 機会の最大化 - リーガルリスクを適切に管理しながら事業機会を追求
- イノベーション支援 - 新規事業や新しいビジネスモデルの法的基盤を構築
- 経営戦略との一体化 - 法務戦略が経営戦略の重要な一部として機能
現代の企業法務においては、予防法務と戦略法務の境界は曖昧になりつつあります。
PR(EU一般データ保護規則)への対応は、一見すると規制リスクへの予防法務的対応ですが、適切なデータガバナンス体制を構築することで、顧客からの信頼を獲得し、競争優位性を確立する戦略法務的な側面も持ち合わせています。
予防法務の必要性

現代の企業経営において、予防法務がなぜ不可欠なのか。その必要性を3つの重要な観点から詳しく見ていきましょう。
リスクの発生自体を防ぐ
予防法務の第一の意義は、法的リスクの顕在化を未然に防ぐことにあります。一度法的紛争が発生すると、その解決には膨大な時間、費用、人的資源が必要となり、企業活動に深刻な影響を与えます。
法的紛争がもたらす直接的なコストとしては、次のようなものが挙げられます。
- 弁護士費用、訴訟費用などの法的費用
- 損害賠償金、和解金、制裁金などの金銭的負担
- 経営陣や担当者の時間的拘束による機会損失
- 業務の停滞や中断による売上減少
そして、法的紛争がもたらす間接的な波及的コストやリスクとして、次のようなものが挙げられます。
- レピュテーションの毀損による顧客離れ
- 従業員のモチベーション低下と離職率上昇
- 取引先からの信用失墜
- 株価下落による企業価値の減少
- 新規事業機会の喪失
例えば、製品の欠陥による大規模リコールが発生した場合、リコール費用だけでなく、ブランドイメージの回復には数年から数十年かかることもあります。
しかし、適切な品質管理体制、製造物責任に関する社内規程の整備、定期的な品質監査の実施などの予防法務的措置により、こうしたリスクの発生確率を大幅に低減できます。
また、近年増加している情報漏洩事案では、一度の事故で数億円から数十億円の損害が発生することも珍しくありません。
しかし、情報セキュリティポリシーの策定、アクセス権限の適切な管理、定期的なセキュリティ監査、従業員教育などの予防法務的アプローチにより、こうしたリスクを効果的に管理できます。
そして、企業における体系的な情報セキュリティや個人情報保護の仕組み構築及びこれを対外的に担保し信頼を得るために、PマークやISMSなどの取得が有用です。
リスクとリターンの最適化を図る
予防法務の第二の意義は、単にリスクを排除するのではなく、リスクとリターンのバランスを最適化することにあります。
ビジネスにおいて、リスクをゼロにすることは不可能であり、また望ましくもありません。
重要なのは、取るべきリスクと回避すべきリスクを適切に判断し、許容可能なリスクレベルを設定することです。
リスクマネジメントを最適化する一般的なプロセスは、次のとおりです。
1, リスクの特定と評価
- 事業活動に内在する法的リスクを網羅的に洗い出す
- 各リスクの発生確率と影響度を評価する
- リスクマップを作成し、優先順位を設定する
2. リスク許容度の設定
- 企業の経営方針、財務状況、事業戦略に基づきリスク許容度を決定
- ステークホルダーの期待値を考慮
- 業界標準や規制要件を踏まえた基準設定
3. リスク対応策の選択
- リスク回避:リスクを伴う活動自体を行わない
- リスク低減:予防措置によりリスクの発生確率や影響度を下げる
- リスク移転:保険や契約条項によりリスクを第三者に転嫁
- リスク受容:費用対効果を考慮し、一定のリスクを受け入れる
4. モニタリングと改善
- リスク対応策の実効性を定期的に評価
- 環境変化に応じてリスク評価を更新
- PDCAサイクルによる継続的改善
合理的なリスクテイクを担保する
予防法務の第三の意義は、企業が成長のために必要な「合理的なリスクテイク」を可能にすることです。適切な予防法務体制が整備されていれば、経営陣は法的リスクを過度に恐れることなく、積極的な事業展開を行うことができます。
合理的なリスクテイクを支える予防法務の機能としては、次のようなものが挙げられます。
リスクの可視化と定量化
- 法的リスクを具体的な数値や指標で表現
- 意思決定に必要な情報を経営陣に提供
- リスクシナリオの作成と影響分析
リスクコントロール手段の提供
- 契約条項によるリスク配分の最適化
- 保険や保証によるリスクヘッジ
- 段階的実施によるリスク限定
早期警戒システムの構築
- リスク指標のモニタリング体制
- エスカレーション・ルールの明確化
- 迅速な意思決定を可能にする情報伝達体制
リスク対応能力の強化
- 危機管理体制の整備
- 対応マニュアルの作成と訓練
- 外部専門家とのネットワーク構築
予防法務の具体例

予防法務の概念を理解したところで、実際の企業活動における具体的な実践例を見ていきましょう。これらは、多くの企業で実施されているような、基本的な予防法務です。
契約法務
契約法務は予防法務の最も基本的かつ重要な領域です。適切な契約管理により、将来の紛争リスクを低減することができます。
契約法務における予防法務の構造を分解すると、次のように整理することができます。
① 契約書雛形の整備と標準化
- 取引類型ごとの標準契約書の作成
- リスク条項の網羅的な整備(損害賠償、解除、不可抗力等)
- 定期的な雛形の見直しと更新
② 契約審査プロセスの確立
- 契約締結権限の明確化
- リスクレベルに応じた承認プロセス
- 法務部門による必須審査項目の設定
③ 契約交渉戦略の構築
- 自社に有利な条項の標準化
- 相手方提案に対する対案の準備
- 交渉の記録化と組織知の蓄積
④ 契約管理システム
- 契約期限管理の自動化
- 更新・解約の事前通知システム
- 契約条件の遵守状況モニタリング
⑤ 契約のライフサイクルマネジメント(CLM)データベースの構築
- 全社契約の一元管理
- 検索・分析機能の実装
- リスク情報の可視化
社内規程整備
社内規程の整備は、組織全体のコンプライアンス意識を高め、統一的な業務運営を実現するための重要な予防法務です。社内の様々な意思決定や権限を適切に統制し、あるいは分配しつつ組織的に相互の抑制と均衡を図り、内部のヒューマンエラーを予防して事業活動が適正かつ安定的に行われる仕組みをつくる基盤となります。
例えば、情報セキュリティ規程では、情報資産の分類、アクセス権限の設定、外部記憶媒体の取り扱い、リモートワーク時のルールなどを詳細に定めます。また、ハラスメント防止規程では、禁止行為の具体例、相談窓口、調査手続き、被害者保護措置などを明確にすることで、職場環境の健全性を保ちます。
コンプライアンス体制・内部統制システムの整備
コンプライアンス体制と内部統制システムの整備は、組織的な予防法務の中核をなす取り組みです。例えば、内部統制システムでは、統制環境の整備が基盤となります。経営者の姿勢が企業文化に反映され、適切な組織構造と権限・責任の明確化により、健全な企業運営が可能になります。全社的リスクの識別と評価を行い、承認・決裁手続き、職務分離、資産保全措置などの統制活動を実施します。モニタリング・監査体制も不可欠です。定期的な内部監査とコンプライアンス・チェックリストによる日常的モニタリングを組み合わせ、PDCAサイクルを回すことで、継続的な改善を実現します。
内部通報窓口設置
内部通報制度は、組織内の問題を早期に発見し、大きな不祥事に発展する前に対処するための重要な予防法務ツールです。
効果的な内部通報制度の核心は、通報者保護の徹底です。社内窓口(法務部、監査部等)と社外窓口(弁護士事務所、専門業者)の両方を設置し、匿名通報も受け付けることで、通報への心理的ハードルを下げます。通報者の秘密保持と不利益取扱いの禁止を明確にし、報復行為には厳正に対処する体制を整えることがポイントです。
調査・対応プロセスの明確化も重要です。通報受理の基準を設定し、調査体制と手順を定めることで、公正かつ迅速な対応が可能になります。
そして、制度の実効性を確保するため、社内のコンプライアンス研修などで定期的な制度説明会を開催し、通報しやすい環境づくりに努めます。公益通報者保護法の改正により通報者保護の重要性が高まる中、内部通報制度は会計不正、品質偽装、ハラスメントなどの問題を早期察知する重要な機能を果たします。
社内業務の定期DD
さらに、定期的なデューデリジェンス(DD)の実施は、潜在的な法的リスクを発見し、予防措置を講じるための重要な活動です。
労務DDでは、労働時間管理の適正性、賃金・手当の支払い状況、安全衛生管理体制、ハラスメント事案の有無を定期的に確認します。契約DDでは、重要契約の棚卸しを行い、契約条項の適切性を評価し、更新・解約リスクを把握します。知的財産DDでは、保有知財の棚卸しと他社知財の侵害リスク評価を実施し、営業秘密管理体制とライセンス契約の管理状況を確認します。情報セキュリティDDでは、システムの脆弱性評価、アクセス権限の適切性、データ保護措置の実施状況を検証します。
これらの定期DDの結果を踏まえて改善計画を策定し、PDCAサイクルを回すことで、継続的なリスク低減を図ります。各DDは年次または半期ごとに実施し、発見された課題に優先順位を付けて対応することで、限られたリソースを効果的に活用しながら、組織全体のリスク管理水準を向上させます。
予防法務において求められるスキル

予防法務を効果的に実践するためには、法務担当者に特有のスキルセットが求められます。単なる法律知識だけでなく、ビジネス感覚と実践的な問題解決能力が必要です。
リスクシミュレーションの精度
予防法務の要諦は、将来起こりうるリスクを正確に予測し、適切な対策を講じることにあります。そのため、高度なリスクシミュレーション能力が不可欠です。
主な要素として、次のようなものが挙げられます。
リスクシミュレーション能力の構成要素:
システム思考によるリスク把握
- リスク要因の相互関係の把握
- ドミノ効果やカスケード効果の予測
- 根本原因の特定
- システム思考によるリスクの全体像把握
動的なシナリオプランニング
- 最悪のケースから最良のケースまで複数のシナリオを想定
- 各シナリオの発生確率と影響度を評価
- 外部環境の変化を織り込んだ動的なシナリオ構築
基本的なリスク評価
- 自社ビジネスモデルの深い理解
- 業界特有のリスク要因の把握
- 競合他社の失敗事例からの学習
- 規制動向の先読み
確率論的なリスク評価
- 統計的手法の活用
- 財務インパクトの算定
- 確率論的リスク評価

リスクの分析力
リスクの分析力は、検知したリスクを適切に分析し、優先順位を付けて対応策を立案する能力として重要です。事業活動において、1つの施策の単位でも多様なリスクがあり、それらすべてに対して想定されるリスク対応策を講じることは現実的ではありません。
そこで、リスクに対する対応策を、回避、発生の低減、リスクの発生を受容しつつ影響度を低減、リスクとして受容など複数の階層に分け、事業活動や個々の施策の目的・目標との兼ね合いで最適に振り分けることができる能力が重要となります。
実務では、例えば製造物責任リスクを分析する際、製品の欠陥発生確率、想定される被害の規模、訴訟リスク、ブランドへの影響、保険でカバーできる範囲、品質改善コストなどを多角的に分析し、最適な品質管理水準を決定します。
交渉力
さらに、予防法務では、リスクを契約や合意によってコントロールするために、高度な交渉力が求められます。
交渉において最も重要なのは、徹底した準備力です。相手方の立場や利害を分析し、BATNA(最良の代替案)を明確に設定した上で交渉に臨むことが成功の鍵となります。合弁契約の交渉では、出資比率や意思決定方法などの基本条件に加え、デッドロック条項、競業避止義務、知的財産の取り扱いなど、将来起こりうる問題を想定した詳細な取り決めを行う必要があります。とりわけBATNAを考慮しつつ交渉を進めることは、硬直的な立場の対立を避け、パッケージディールや段階的合意形成などの代替案を提示し、最終的には曖昧さを排除した明確な契約文書に落とし込むことで、将来の紛争を予防することにつながるのです。
予防法務を機能させるための体制

予防法務を事業活動の中で実装していくために、効果的な組織化・仕組み化が必要です。社内の法務体制、社外の法務リソース、CLOの設置の3つの観点から解説していきます。
社内の法務体制
まず、組織構造の最適化が重要です。法務部門の独立性を確保し、経営層への直接報告ラインを設置することにより、リスク情報の適時伝達と迅速な意思決定が促されます。さらには、事業部門との連携体制を構築し、グループ会社を含めた統括機能を整備することで、全社的な予防法務を実現します。
次に、適正な人材配置と継続的な育成が不可欠です。専門性と経験のバランスを考慮した人員配置を行い、ローテーションによる視野拡大と継続的な教育研修プログラムを通じて、組織全体の法務能力を向上させます。中小企業では専任の法務部門設置が困難な場合もありますが、総務部門や管理部門に法務機能を持たせ、外部リソースと連携しながら体制を構築することが重要です。
そして、情報システムの整備と社内連携の仕組みづくりが求められます。法務案件管理システムやナレッジマネジメントシステムを導入し、リーガルテックを活用することで業務効率を向上させます。定期的な事業部門との会議や法務相談窓口の設置により、早期相談を促す文化を構築していくことが属人化を排した予防法務の体制をつくるポイントです。
顧問弁護士など社外の法務リソース
社外の専門家の活用により、社内のリソースを高度な専門性と、訴訟など長期的な負荷を避けるために不可欠です。
具体的には、まず自社の業界・事業に精通し、予防法務に理解のある顧問弁護士を選定することが重要です。定期的な情報交換と相談体制を確立し、緊急時対応体制も整備することで、機動的な法務支援を受けられる体制を構築します。
次に、専門分野別の外部専門家ネットワークを構築することが挙げられます。労務分野では社会保険労務士、知的財産では弁理士、国際取引では国際弁護士など、各分野のエキスパートと連携することで、高度化・複雑化する法的課題に対応することが考えられます。
もちろん、すべての分野において士業にアウトソースすることもコスト的に難しい場合もあります。事業の規模や内容に応じて、必要な専門分野に優先順位をつけて選択していくことが重要です。
CLO
CLO(Chief Legal Officer)の設置は、予防法務を経営戦略に組み込むための重要な施策です。
CLOの最も重要な役割は、経営層における法務代表として、ボトムアップ的に、取締役会に参加し経営判断に法的観点を反映させることです。リスク情報の適時報告と法務戦略の立案・実行を通じて、法務機能を経営の中核に位置づけています。また、逆にトップダウン的に、経営層の視座や個々の意思決定におけるリーガルリスクのプライオリティを法務の現場に立つ社員に適切に言語化して伝えていく機能としても重要です。
そして、全社的法務統括者として、法務機能の一元的管理とグループ全体の法務ポリシー策定を行います。法務人材の育成・配置と予算管理を通じて、組織全体の法務能力を戦略的に強化します。
数理法務の理論を活用した戦略法務への昇華

最後に、日常的な予防法務を戦略法務に昇華させるための数理法務の理論の活用について、解説します。
リーガルリスクを定量化する
従来定性的に評価されてきた法的リスクを定量化することで、データドリブンな意思決定が可能になります。確率論的リスク評価では、ベイズ推定やモンテカルロシミュレーションを活用し、リスクを確率分布として表現します。例えば、特許侵害リスクの定量化では、侵害認定確率、損害賠償額の期待値、訴訟費用を統計的に分析し、金額ベースでリスクを表現することができます。
そして、AIの活用により、訴訟リスク予測モデルの構築や契約条項のリスクスコアリングが今後可能になることが予測されます。自然言語処理による契約書分析は、大量の契約書から潜在的リスクを効率的に発見する強力なツールとなるといえるでしょう。
リスクとリターンを経営目線に合わせて可視化
定量化されたリスク情報を経営陣が理解しやすい形で可視化することも重要です。リーガルリスクをISO31022のリスク影響度と起こりやすさのマトリクスでスコアリングする規格を基盤として、ビジネス、法務、財務などにまたがる統合ダッシュボードを構築するようなツールも、AIの技術進展により構築されていくことが考えられます。
これにより、経営層がKRI(Key Risk Indicator)をリアルタイムでモニタリングすることで、リスクの変化を即座に把握できます。影響度と発生確率のマトリックスやヒートマップにより、優先対応すべきリスクを視覚的に特定します。
ROIを最適にする“予防的戦略法務”へ
最終目標は、予防法務への投資対効果を最大化し、企業価値創造に貢献する戦略法務の実現です。予防措置のコスト・ベネフィット分析を徹底し、リスク低減効果を定量評価することで、投資優先順位を合理的に決定できます。
これにより、リスクを単に回避するのではなく、競争優位性の源泉として活用することにもつながります。規制対応力による差別化、リスクテイク能力による事業機会獲得、コンプライアンス・ブランディングなど、予防法務を積極的な価値創造につなげる戦略法務法務に昇華させることができるのです。
まとめ

本記事では、予防法務の基本概念から実践的な取り組み、さらには数理的アプローチを活用した戦略法務への発展まで、包括的に解説してきました。
現代の企業経営において、予防法務はもはや「あれば良い」ものではなく、「なくてはならない」経営機能となっています。法的リスクの複雑化・多様化が進む中、事後的な対応では企業価値の毀損を防ぐことは困難です。予防法務により、リスクの発生を未然に防ぎ、許容可能なリスクを適切に管理することで、企業は持続的な成長を実現できます。
予防法務を効果的に実践するために、以下の要素が重要です。
- 体系的なアプローチ - 契約法務、社内規程整備、コンプライアンス体制構築など、多面的な取り組みを統合的に実施する
- 専門スキルの育成 - リスクシミュレーション能力、分析力、交渉力など、予防法務に特化したスキルセットを持つ人材を育成する
- 適切な組織体制 - 社内法務体制の強化、外部専門家の活用、CLOの設置など、予防法務を支える組織基盤を整備する
- データドリブンな意思決定 - 数理的手法を活用してリスクを定量化し、経営判断に活用可能な情報として提供する
- 戦略的視点の統合 - 単なるリスク回避ではなく、リスクとリターンの最適化を図り、企業価値創造に貢献する
今後、デジタルトランスフォーメーション、ESG経営、グローバル化などの進展により、企業が直面する法的リスクはさらに複雑化することが予想されます。
こうした環境変化に対応するため、予防法務もまた進化し続ける必要があります。テクノロジーの活用による効率化、グローバルスタンダードへの対応、アジャイルな体制構築など、常に最新のアプローチを取り入れながら、自社に最適な予防法務体制を構築・運営していくことが求められます。
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