
個人事業主として事業をおこなうなかで、「売上が増えてきたので法人化したい」と考える方は少なくないでしょう。
しかし、「手続きが煩雑ではないか」「実際にどの程度のメリットがあるのか」といった疑問から、判断を先送りにしてしまう人もいるはずです。
個人事業主が法人化するメリットはたくさんありますが、実は法人化しないケースが存在するのも事実です。
そこで本記事では、個人事業主と一人会社(法人)を6つの観点から比較し、それぞれのメリット・デメリットを紹介します。
さらに、会社設立を検討すべきタイミング、設立の流れ、必要となる手続きや費用、専門家に依頼する場合のポイントも解説します。
税金、社会保険、信用力、経費、設立後の手続きなど、悩みや不安を一つずつ解消できる内容になっていますので、ぜひ最後までチェックしてください。
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一人会社と個人事業主の比較|結局どっちが得?
個人事業主が法人化を検討する際には、税制や社会保険、信用力などの制度的な違いを理解しておく必要があります。
以下では、個人事業主と法人の主な6つの相違点について、整理してみましょう。
項目 | 個人事業主 | 法人 |
---|---|---|
開業費用 | 無料 | 6~25万円程度 |
税金 | 所得税(最大45%)、消費税、住民税、個人事業税 | 法人税(最大23.2%)、消費税、法人住民税、法人事業税 |
経費にできる範囲 | 自宅兼事務所の家賃や通信費、交際費など | 個人事業主の範囲に加え、役員報酬や賞与、退職金など |
社会的信用 | 法人に比べ劣る | 個人事業主より信用を得やすい |
社会保険の加入 | 不要 ※常時5人以上の従業員を雇う場合は必要 |
必要 |
赤字の繰越期間 | 3年 ※青色申告の場合 |
10年 |
ここからは、各項目について、制度的な背景と実務上の影響を詳しく解説していきます。
開業費用|個人事業主であれば無料
個人事業主としての開業は、原則として税務署に「個人事業の開業届出書」を提出するだけで完了します。
開業自体に費用は発生せず、申請も1日で完了する簡易な手続きです。
一方、法人を設立する場合には、株式会社・合同会社にかかわらず、定款の作成や認証、公的登記などの手続きが必要になります。
株式会社・合同会社を設立する場合に発生する費用は、以下のとおりです。
費用項目 | 株式会社の場合 | 合同会社の場合 |
---|---|---|
定款認証手数料 | 3万円〜5万円 | なし |
登録免許税 | 15万円〜 | 6万円~ |
印紙代(紙定款の場合のみ) | 4万円 | 4万円 |
合同会社の場合、株式会社と比べると費用は安く済むものの、個人事業主と比べると初期費用が発生する点には注意が必要です。
税金|所得額が一定以上であれば、一人会社の方が圧倒的に安い
個人の会社設立・法人化について、税負担の観点で見ると法人化のメリットは大きくなります。
個人事業主に課される所得税は超過累進課税であり、所得が増えるほど税率が高いのが特徴です。
最高税率は45%にも達します。
一方、法人に課せられる法人税の税率は、中小企業であれば以下のとおりです。
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また、法人の場合は役員報酬を経費として計上することができ、個人側では給与所得控除も活用可能です。
その結果、一定以上の利益が出ている事業者にとっては、法人化により実効税率を下げられる余地が広がるといえます。
経費|一人会社の方が経費にできる範囲が広い
法人と個人事業主では、経費として認められる項目の範囲にも大きな差があります。
個人事業主の場合、業務に必要と判断される支出のみが経費対象となり、たとえば自身の報酬や退職金、生命保険料の一部などは経費として扱えません。
一方で、法人では以下のような支出も適切な手続きを経れば経費計上が可能です。
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このように、法人化することで税務上の戦略的選択肢が広がることは、経費計上の柔軟性においても大きな利点といえるでしょう。
社会的信用|一人会社の方が信用を得やすい
個人が法人化した場合、個人事業主のままの状態と比べると対外的な信用力が大きく向上します。
これは、事業を法人として登記することで、会社という独立した法的主体として公的に認められるためです。
たとえば、銀行融資の審査においては、登記された法人であることが一種の信用保証として機能する場合が多く、個人事業と比べて融資が通りやすくなる傾向があります。
また、大手企業や官公庁との取引では、取引先に法人格を求められるケースもあり、法人であることがビジネスの機会拡大につながることも少なくありません。
社会保険加入義務|個人事業主で誰も雇わなければ加入不要
個人が会社を設立すると、代表者一人の会社であっても社会保険の加入義務が発生します。
これは、法人が「適用事業所」とみなされ、厚生年金保険および健康保険の対象となるためです。
一方、個人事業主の場合は、常時使用する従業員が5人未満であれば、社会保険の強制適用は原則としてありません。
事業主本人も、国民健康保険・国民年金に加入することで対応できます。
一見すると、法人化によって社会保険料の負担が増加する点はデメリットに見えるかもしれません。
しかし、厚生年金は将来の年金受給額が国民年金より多く、医療給付面でも手厚い保障が受けられるという点でメリットがあります。
そのため、長期的な福利厚生の充実や従業員採用を見据えたときには、法人化による社会保険の加入はむしろメリットといえるでしょう。
赤字の繰り越せる期間|法人の方がずっと長い
赤字を翌年度以降の利益と相殺できる「繰越控除」についても、個人と法人では差があります。
まず個人事業主の場合、青色申告をおこなっていれば、赤字を最長3年間繰り越して、将来の黒字と相殺することが可能です。
一方、法人では「欠損金の繰越控除」として、最長10年間の赤字繰越が認められています。
そのため、たとえば設立当初に大きな投資をおこない数年赤字が続いたとしても、その後の黒字と相殺し、長期的に税負担を軽減することができます。
個人事業主が法人化を検討すべきタイミング3つ
個人事業主として順調に事業を進めている中で、「法人化するならいつがベストか?」と悩む方は多いはずです。
ここでは、法人化を前向きに検討すべき3つのタイミングを紹介します。
所得が800万円を超えたとき
事業の利益が年間800万円を超えてきたら、法人化を本格的に検討すべきタイミングです。
個人事業主の場合、所得税は累進課税となっており、所得が増えるほど税率が高くなります。
たとえば、所得が900万円を超えると所得税率は33%、加えて住民税・個人事業税を含めると実質50%近い税負担になることもあります。
一方、法人は税率が一定で、中小企業の場合は所得800万円以下の部分に対して15%、超過部分でも23.2%程度にしかなりません。
そのため、年間の所得が800万円を超え始めたタイミングが、法人化による節税メリットが最も際立つポイントといえるでしょう。
売上が1,000万円を超えてから2年経過後
年商が1,000万円を超えたら、2年以内の法人化を検討することで「消費税」の節税が可能です。
個人事業主は、開業してから2年間は消費税の免税事業者として扱われますが、売上が1,000万円を超えた年の2年後からは原則として課税事業者となり、消費税の納税義務が発生します。
しかし、法人を設立した場合、一定の条件はあるものの、新設法人として再び2年間の免税期間がスタートします。
そのため、前々年の売上が1,000万円を超え、「来年から消費税の納税が始まる」というタイミングで法人化すれば、再び2年間消費税を免除される可能性があるのです。
ビジネスのさらなる拡大を目指したいとき
事業を拡大し、より多くの取引先や従業員を抱えるフェーズに入った場合も、法人化のタイミングです。
法人になると、社会的信用力が高まり、融資や助成金、採用活動や資金調達の場面で有利に働くことが増えます。
たとえば、法人登記があることで銀行融資の審査が通りやすくなったり、採用活動でも「社会保険完備の法人」として応募者からの信頼を得やすくなるでしょう。
また、将来的に事業承継や売却、パートナーとの資本提携を検討している場合も、法人であることが前提となります。
個人事業主のままでは資本を分けることができず、出資や持ち株比率といった制度設計ができないからです。
このように、事業の未来を見据えて戦略的に動くなら、早めに法人格を取得しておくことで、組織としての成長に備えた柔軟な経営が可能になります。
一人で会社設立をする(会社を作る)流れ・手順
個人事業から法人化を決意したあとは、実際に「会社を設立する」手続きを進めていく必要があります。
ここでは、一人で株式会社を設立する一般的な流れを5つのステップに分けて解説します。
各段階で必要になる書類や注意点も押さえておきましょう。
1.会社の概要を決定する
個人が会社を設立する際に最初におこなうべきは、会社の基本情報を決めることです。
具体的には、以下のような内容を決めましょう。
決定事項 | ポイント・補足 |
---|---|
商号(会社名) | 株式会社の場合、「株式会社」を前後どちらかに必ず付ける。 既存企業と同一の商号かつ同一の所在地は不可。 |
事業目的 | 定款に記載する。 現在の事業に加え、将来展開したい内容も含めるのが望ましい。 |
本店所在地 | 登記上の会社住所。自宅でも可。 法人登記が可能なレンタルオフィスも選択肢。 |
資本金 | 1円から可能。 信用や税務上の実務を考慮し、300万円以上が一般的。 |
発起人・株主構成 | 設立時に出資する人。一人でもOK。 出資比率(持株比率)を決める。 |
役員構成 | 取締役1名以上。代表取締役を誰にするか。 小規模な場合は一人で可。 |
決算期(事業年度末) | 自由に設定可能。 節税や業務スケジュールを考慮して決定する。 |
この項目を全て決めることで、会社設立の「設計図」が完成します。
2.印鑑を作る
次に、登記申請や口座開設に必要な「法人印」を作成します。
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印鑑の作成はネット注文・実店舗いずれも可能で、費用は数千円〜1万円程度が一般的です。
会社設立日までに間に合うよう、早めの準備をおすすめします。
3.定款を作成して認証を受ける
定款とは、会社のルールを記載した「会社の憲法」のようなものです。
最初に決めた商号・所在地・目的などを含めて定型フォーマットに沿って作成します。
また、株式会社の場合、定款は公証役場で認証を受ける必要があります。
認証には以下が必要です。
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なお、電子定款を利用すると印紙代を節約できるため、近年は司法書士などを通じた電子定款認証が主流です。
4.出資金を払い込む
定款が完成したら、次は資本金の払込です。
この時点では法人名義の口座はまだ存在しないため、発起人個人の口座に資本金を振り込む形で対応します。
手順は以下のとおりです。
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この証拠書類は登記申請時に必要になるので、大切に保管しておきましょう。
5.登記申請をおこなう
最後に、会社の本店所在地を管轄する法務局に以下の必要書類を提出します。
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なお、登記の際は資本金の0.7%の額(最低15万円)が登録免許税として発生します。
登録免許税は、収入印紙や銀金、銀行振り込みなどで支払いが可能です。
申請後、通常1週間前後で登記完了となり、会社の「履歴事項全部証明書」や「印鑑証明書」が取得できるようになります。
これらは銀行口座開設などに必須となるため、登記後すぐに取り寄せておきましょう。
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個人事業主が会社設立後にしなくてはならない手続き
法人設立の登記が完了しても、手続きはまだ終わりではありません。
事業を個人から法人へ正式に移行させるには、税務・社会保険・労務・名義変更などの各種届出や引継ぎが必要です。
ここでは、個人事業主が法人設立後に忘れずにおこなうべき手続きを、分野ごとに整理して解説します。
個人事業の廃業届を税務署へ提出
法人を設立して事業を引き継ぐ場合、個人事業を「廃業」する扱いとなるため、税務署に「個人事業の廃業届出書」を提出する必要があります。
廃業届の提出期限は、廃業日から1ヵ月以内ですが、法人としての開業日と個人事業の廃業日が同じであれば、設立日を廃業日とするのが一般的です。
なお、このタイミングで個人事業用の屋号口座や印鑑の廃止など、個人としての事業関連資産も整理しておくことをおすすめします。
税務署・都道府県税事務所へ必要書類の提出
法人として事業を開始した場合、国税・地方税それぞれの機関へ届け出る必要があります。
主な提出書類は以下のとおりです。
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これらの手続きを通じて、法人としての納税義務や税制優遇措置の対象となります。
期限が短いため、設立後は速やかに対応しましょう。
労働基準監督署・ハローワークへ必要書類の提出
従業員を一人でも雇用する場合は、労災保険・雇用保険への加入が必要です。
以下の2つの機関でそれぞれ手続きをおこないましょう。
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なお、代表取締役一人だけの会社で、従業員を雇用しない場合はこれらの手続きは不要です。
将来的に人を雇う予定がある場合は、あらかじめ必要書類を把握しておきましょう。
個人資産や負債の引継ぎ
法人化にあたっては、これまで個人で所有していた事業用の資産や負債を会社に引継ぐ処理が必要です。
たとえば、以下のような資産は個人から法人へ移管対象となります。
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引継ぎ方法には「売却(譲渡)」または「賃貸(貸与)」があり、税務処理が異なります。
形式的な移転でも譲渡益が課税対象になる場合があるため、税理士に相談のうえ適切な処理方法を選ぶことが重要です。
許認可手続き・各種契約の名義変更
法人としておこなう事業に許認可(飲食業、建設業、古物商など)が必要な場合、法人化に伴って名義変更または再取得が必要です.
多くの業種では、個人と法人で別の資格・登録番号となるため、法人名義での再申請が求められます。
また、次のような契約についても名義変更が必要です。
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名義変更は、契約先によって書類の提出や審査が必要な場合があります。
法人設立後は、事業インフラが個人名義のままになっていないかを確認し、可能な限り法人名義に切り替えておきましょう。
個人事業主が会社設立をするのにかかる費用の内訳と相場
個人事業と違い、法人を設立するにはさまざまな費用がかかります。
最低限必要な費用としては、定款作成費・登記費用・印鑑作成費資本金があり、加えて専門家に依頼する場合は代行費用も発生します。
ここでは、個人事業主が法人化するときに必要な費用の内訳とそれぞれの相場について詳しく見ていきましょう。
定款費用
会社設立の際には、法人の基本ルールを定めた「定款」の作成が必須です。
とくに株式会社を設立する場合には、公証役場での定款認証が義務づけられており、以下のような費用が発生します。
項目 | 内容・金額の目安 |
---|---|
収入印紙代 | 4万円(※紙の定款の場合のみ) |
認証手数料 | 5万円(固定) |
謄本交付手数料 | 約2,000円(250円×複数ページ) |
合計(紙定款の場合) | 約92,000円 |
ただし、「電子定款」で作成すれば収入印紙代4万円は不要です。
電子定款には国指定の専用ソフトと電子署名環境が必要なため、自分で対応するには準備の手間と多少のコストがかかります。
定款の作成や会社設立手続きを専門家に依頼する場合、その費用は依頼先によって異なります。
たとえば、司法書士に依頼する場合は、10万〜25万円程度が相場とされています。
弁護士に依頼する場合も10万円~40万円程度が一般的です。
いずれの専門家に依頼する場合も、電子定款による印紙代の節約効果(4万円)が大きいため、料金表の金額だけでなく、最終的な実費負担を基準に比較検討するとよいでしょう。
登記費用
登記費用として発生するのが「登録免許税」です。
これは法務局に支払う国税で、資本金額と会社形態によって金額が変わります。
会社形態 | 登録免許税 |
---|---|
株式会社 | 資本金額 × 0.7%(※最低税額15万円) |
合同会社 | 資本金額 × 0.7%(※最低税額6万円) |
合名・合資会社 | 1件あたり6万円 |
たとえば、資本金100万円の株式会社を設立する場合、0.7%は7,000円ですが、最低額の15万円が適用されます。
そのため、登録免許税はほぼ必ず15万円かかるものと想定しておきましょう。
会社実印の作成費用
法人設立には、法務局に提出する「会社実印(代表者印)」の作成が必要です。
さらに実務では、以下の3種類の印鑑をセットで用意することが一般的です。
印鑑の種類 | 用途 |
---|---|
会社実印 | 登記申請や契約書類など、公式な書類への押印 |
銀行印 | 法人口座開設や金融取引に使用 |
角印 | 請求書・領収書など社内文書に使用 |
3本セットで作成する場合の費用は、素材や彫刻方法によって異なりますが、相場は2万円~6万円程度です。
ネット通販なら1万円台で購入できるセットもあります。
また、印鑑届出後に取得する「法人印鑑証明書」には、交付方法に応じて以下の費用がかかります。
取得方法 | 費用(1通) |
---|---|
書面請求 | 450円 |
オンライン請求(郵送) | 410円 |
オンライン窓口交付 | 390円 |
資本金
資本金とは、出資者が設立時に会社へ払い込むお金であり、登記の際にも記載が必要な項目です。
現在は1円からでも法人設立が可能ですが、信用力や運転資金確保の観点から、ある程度の額を用意しておくのが実務的です。
観点 | 内容 |
---|---|
最低金額 | 1円(会社法上の制限なし) |
一般的な目安 | 100万円~300万円程度 |
影響するポイント | 信用力、融資の審査、口座開設のしやすさなど |
資本金1,000万円以上の注意点 | 設立初年度から消費税の課税事業者になる |
資本金は、設立後の運転資金としても活用されます。
少なすぎると事業継続が難しくなり、多すぎると登録免許税などが増えるため、事業計画に応じた適切な設定が重要です。
さいごに|個人事業主の会社設立も弁護士に依頼が可能
本記事では、個人の会社設立におけるメリット・デメリットや流れについて、個人事業主・法人の2つの観点で解説しました。
会社設立の手続きに不安がある場合や、できるだけスムーズに進めたい場合には、弁護士に相談・依頼するという選択肢もあります。
弁護士は法律の専門家として、以下のようなメリットを提供できます。
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とくに「設立後も法的リスクを最小限に抑えて事業を進めたい」と考えている個人事業主にとっては、長期的な安心感を得られる点が大きな魅力です。
一方で、司法書士に比べて依頼費用はやや高めになる傾向があるため、「書類作成と登記だけ済ませたい」という場合は費用対効果を検討する必要があります。
会社設立はゴールではなくスタートです。
設立時点から信頼できる法務パートナーとつながっておくことで、その後の経営判断や契約面での不安を軽減できます。
法人成りに際して不明点がある場合は、一度弁護士に相談してみましょう。
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