
AI契約書チェックのサービスは、リーディングカンパニーであるLegalOnTechnologoes社をはじめ、近時上場を遂げたGVA TECH社などが急速に成長を遂げていることからも、社会実装が目覚ましく進んでいることがわかります。
一方で、AI契約書チェックのプロダクトは、サービスが頭角を現し始めた2019年頃から弁護士法72条のいわゆる非弁行為の禁止という規制との兼ね合いで、違法性について様々な議論が交わされていました。
これに対して、2023年8月に法務省が示したAI契約書チェックサービスに関する見解では、既存のサービスについては概ね適法となるような考え方が示されました。
(出典:AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第 72 条との関係について|法務省)
もっとも、法務省の見解は、多くの示唆的な内容を含んでいます。本記事では、AI契約書チェックに関し、適法・違法に関する議論のポイントを整理し、法務省が示したガイドラインの要点を分析し、今後のAI契約書チェックの進化の方向性やリーガルテック領域のプロダクト・サービスの可能性について解説していきます。
ちなみに、AI契約書関連サービスが本記事で解説する弁護士法第72条に違反しているサービスであった場合でも、利用者側が処罰の対象になることは極めて低いと考えられますが、どのような点で違反したサービスであるかを知っておくことで、正しいサービス比較につながりますので、ぜひ最後までご覧ください。
AIによる契約書チェックサービスの適法・違法に関する議論の概要
AIによる契約書レビューの適法・違法について、これまでの議論のおさらいをしていきます。
AI契約書チェックサービスとは
AI契約書チェックサービスは、AIが過去の契約書内容、判例、法律文書を教師データとし、一般的な条項やリスクのパターンを学習、構築されたシステムを通じて使用者がチェックしたい契約書の修正すべき条項や表現の内容、不足している条項の内容などを自動で出力してくれるサービスです。
単に誤りや不足を指摘するだけでなく、条項として適当な代替案を提示してくれたり、近時の法改正などのアップデートにも対応して出力してくれたりする機能がある場合もあります。
AI契約書チェックサービスを運営する企業は、創業者や代表取締役が弁護士であり、プロダクトの開発や仕様の設計、システムのアップデートの中身として多くの弁護士が社員として関わっている場合がほとんどです。
また、法務省ではAIを用いた契約書に関わるサービスを便宜上、下記の3つに分類していますが、AI契約書チェックサービスは2に該当するものと思われます。
- 契約書等の作成業務を支援するサービス
- 契約書等の審査業務を支援するサービス
- 契約書等の管理業務を支援するサービス
弁護士法72条
先に述べたとおり、AI契約書レビューサービス議論のフィールドとなっているのが、弁護士法第72条ですが、ますは弁護士法72条の概要をご紹介します。
第七十二条
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
参照:e-Gov|弁護士法
この法律は、弁護士の資格を持たない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことを禁止する規定であり、一般的に「非弁行為」を禁止する条項として知られています。あくまで一般論になりますが、この条文の構成要素を解説すると下記のようになります。
- 「弁護士又は弁護士法人でない者」: 弁護士資格を有しない個人(司法書士、行政書士、税理士等)、または弁護士法人以外(NPO法人、一般企業等)
- 「報酬を得る目的」:無償であれば一般人が法律相談に応じたり、アドバイスをすることは原則違反しない
- 「訴訟事件、非訟事件、審査請求、異議申立て、再審査請求等に関する事件その他一般の法律事件」:裁判(訴訟・非訟)、行政に対する不服申し立て、その他一般的な法律問題に関わる事件全般を含む
- 「鑑定、裁判外の和解、示談の交渉、仲裁、あっせん、調停その他一切の法律事務」:法律相談、契約書の作成、訴訟や裁判手続の代理、示談交渉、内容証明作成など
- 「取り扱い、又はこれらの事務の周旋をすることを業とすることができない」: 継続的に法律事務を行い、それによって経済的利益を得ることの禁止。「業とする」とは、反復継続して行うことを意味します。単発的な行為は規制の対象とはならない場合があります。
- 「ただし、他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない」:司法書士は登記・供託の代理、行政書士は許認可申請の代理など、それぞれの資格法に基づいて特定の法律事務を扱うことが認められています。
弁護士法第72条に違反する行為の例 |
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非弁行為のどの構成要件に関する論点か
AI契約書レビューサービスに対して法務省が示した考え方として、
- 「報酬を得る目的」
- 「訴訟事件…その他一般の法律事件」
- 「鑑定…その他の法律事務」
各要件のいずれかに該当しない場合には、本件サービスの提供は、弁護士法第 72 条に違反しないとしています。また、上記要件のいずれにも該当する場合であっても、下記に該当する場合は違反しないないとしています。
- 利用者を弁護士又は弁護士法人とし、その業務として法律事務を行うに当たり、弁護士が本件サービスを利用した結果も踏まえて審査対象となる契約書等を自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行う方法で本件サービスを利用する場合
- 利用者を弁護士又は弁護士法人以外のものとし、その職員若しくは使用人となり、又は取締役、理事その他の役員となっている弁護士が上記と同様の方法で本件サービスを利用する場合
ちなみに、同条には訴訟事件において『事件性(争い)』の有無も関わってきますが、AI契約書チェックのサービスに関して、『継続的取引の基本となる契約を締結している会社間において特段の紛争なく当該基本契約に基づき従前同様の物品を調達する契約を締結する場合には、いわゆる「事件性」を認め難いことが通常』という見解であるため、論点になるのは、上記のうち①報酬と③鑑定になります。
コラム |
上記①については、事件性必要性を前提に、適法となる説明として次のような考え方がありました。具体的には、AI契約書チェックが個別の法的紛争を前提とすることなく、定型的に行われる取引における契約書を中心に一般的なレビューを行うような仕様である限りにおいて事件性要件を満たさず、非弁行為の構成要件を満たさないという整理が可能という立場です。 これに対して、日弁連・弁護士会を中心とした不要説からすれば、個別の事件性がなくても、個別のクライアントのニーズや取引の実情などに応じ、個別の契約類型などに最適な条項について法的な観点から選別、あるいは追加するといったサービスを提供することは、弁護士が行うリーガルサービスそのものであると理解されます。そのため、事件性の有無はAI契約書チェックサービスの適法性に何ら影響を与えないという考え方に帰結します。 |
報酬を得る目的について
「報酬」とは、法律事件に関し、法律事務取扱のための役務に対して支払われる対価ですので、AI契約書チェックサービスが利用者から月額利用料を取っている点は報酬を得ている状態になります。
AI契約書チェックサービスが月額利用料(報酬)を得ているにもかかわらず、弁護士法第72条に違反しないと考えられているのは③鑑定のサービス提供範囲によるところが重要です。
「鑑定…その他の法律事務」について
先ほど、AI契約書関連サービスは契約書等の『作成業務を支援』『審査業務を支援』『管理業務を支援』するサービスの3つに分類され、レビューは『審査業務を支援』に該当するとお伝えしました。
「鑑定」とは、法律上の専門的知識に基づき法律的見解を述べること、「その他の法律事務」とは、法律上の効果を発生、変更等する事項の処理を行うこととされています。つまり、AIが法的な知見に基づいて一定の判断・行為を提供するものかどうか、という点が問題とされます。
もし仮に下記のような行為を提供するものであれば、AI契約書チェックサービスは72条に違反することになります。
- 契約書等の記載内容について、個別の法的リスクの有無を表示する
- 契約書等の記載内容について、契約に至る経緯やその背景事情、契約しようとする内容等を法的に解析し、当該処理に応じた具体的な修正案を表示する
しかし、AI契約書レビューサービスは、契約書の内容を以下の3つの観点から機械的に比較・照合し、その結果を表示するだけで、法律的な判断や解釈は行わないため、弁護士法72条の「鑑定…その他の法律事務」には該当しないと考えられます。
- 字句の相違点の表示: 契約書とひな形の間で、意味に関わらず字句が異なる部分を指摘するのみ
- 文言の類似性の表示: 契約書とひな形の間で、法的効果に関わらず文言が似ている部分を指摘するのみ
- ひな形やチェックリストとの照合:
- 契約書の内容と、ひな形やチェックリストの条項・文言が一致、または類似する部分を表示する
- ひな形やチェックリストに紐付けられた一般的な条項例や解説、裁判例を、個別の契約書に合わせて修正することなく表示する
- 一般的な条項例や解説を、契約書の文言に合わせた修正表示にとどめる
要約すると |
・機械的な比較・照合: あくまで機械的な処理に基づき、契約内容を分析 ・法的判断は行わない: 契約書の法的意味やリスク、当事者の権利義務といった法律的な判断や解釈は行わない ・表示のみ: 契約書の内容を指摘するに留まり、具体的な行動や契約締結のアドバイスなどは行わない ・一般論: 個別の契約内容に特化した専門的な検討は行わず、一般的な情報提供に留まる |
つまり、契約書のリスクを自動的に「見つける」ものであり、弁護士のように個別の契約に合わせて「判断し、アドバイスする」するツールではない限り、このAI契約書レビューサービスは弁護士法第72条には違反しないものとなります。
下記では、より詳細な内容を解説します。
[2023年8月]法務省が示したガイドラインの重要ポイント5つ
当初、2022年6月の段階において、法務省は、AI契約書チェックサービスが弁護士法72条本文に違反する可能性がある旨を指摘していました。その結果、AI契約書チェックサービスをはじめとしたリーガルテックベンダーに大きく衝撃を与えました。(参照:日本経済新聞|『AI契約書チェックに「違法の可能性」 揺れる法曹界』)
しかし、その後、業界への様々な影響や既存のプロダクトが急速に普及していた実情もあり、法務省は、2023年8月にガイドラインを示しました。
出典:法務省大臣官房司法法制部『AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について』(以下「本ガイドライン」といいます。)
本ガイドラインについて、重要なポイントを5つ解説していきます。
論点の絞り込み
本ガイドラインにおいて、法務省は、次のとおり論点の絞り込みを行いました。
本件サービスが、下記1から3までに記載した「報酬を得る目的」、「訴訟事件…その他一般の法律事件」又は「鑑定…その他の法律事務」の各要件のいずれかに該当しない場合には、本件サービスの提供は、弁護士法第72条に違反せず、・・・
(太字部分は筆者)
これまでの議論では、非弁行為の構成要件のどこに焦点を当てて議論するべきなのか、必ずしも明確ではありませんでした。本ガイドラインでは、報酬を得る目的、事件性の要件、そして法律事務という行為要件の3つを主に取り上げて見解を提示しています。
基本的に有償性の要件該当は否定できない
本ガイドラインでは、有償性の要件について、「報酬」の意義を、「法律事件に関し、法律事務取扱のための役務に対して支払われる対価」として一般的な理解に基づく解釈を提示しました。
その上で、具体的な判断基準としては、「当該利益供与と本件サービスの提供との間に対価関係」があるかどうかによるものとしています。
その帰結として、サービスが一切の利益供与を受けるものでない場合には、通常「報酬を得る目的」ではないものとされ、弁護士法72条に違反しないことが示されました。そのため、少なくともサービスの立ち上げ段階などで、テストプロダクトを検証するようなフェーズにおいて無償でサービスを提供することは、違法にはならないものと考えられます。
一方で、サービスそれ自体に対して料金を得る場合はもちろん、他の有償サービスに誘導するケースや、第三者の提供するサービスに誘導してキックバックを受けるようなケース、あるいはコミュニティ会費などの形式であっても当該AI契約書チェックサービスが有料の会費を支払うユーザーのみに提供されるケースのいずれも、「報酬を得る目的」に該当するものとされています。
具体的には、法務省は次のように判断基準を示しています。
本件サービスの運営形態、本件サービスと他の有償サービスとの関係、利用者・事業者・当該有償サービスの提供者・金銭等の支払主体等の関係者相互間の関係、支払われる金銭等の性質や支払の目的等諸般の事情を考慮し、金銭支払等の利益供与と本件サービスの提供との間に実質的に対価関係が認められるときには、「報酬を得る目的」に該当し得ると考えられる。
基本的に、AI契約書チェックサービスにおいては、サービス利用の対価を徴収するのが通常であり、サービスの無償利用を前提とするような例外的な場合を除いて「報酬を得る目的」の要件該当は否めないと考えられます。
AIによる契約書チェックサービスでは事件性がおおよそ無いものと推察される
次に事件性要件に関し、法務省は、事件性要件が必要であるとの立場を前提として、事件性の有無については個別の事案ごとの判断であるとしています。AI契約書チェックサービスに関しては、「契約の目的、契約当事者の関係、契約に至る経緯やその背景事情等諸般の事情を考慮して判断」されるものとの考え方を示しました。
そして、具体的な検討として、次の3つのポイントを明らかにしました。
- 取引当事者間の紛争を前提として何らか法的な権利義務を整理して契約書を作成するような場合は、事件性の要件は充足される→弁護士法72条に違反する可能性がある
- 定型的な取引における契約においては、事件性は認めがたいのが通常→そのための契約書作成は、事件性の要件を満たさないので弁護士法72条に違反しない
親子会社やグループ会社間において従前から慣行として行われている物品や資金等のフローを明確にする場合
継続的取引の基本となる2 契約を締結している会社間において特段の紛争なく当該基本契約に基づき従前同様の物品を調達する契約を締結する場合 - 企業法務において取り扱われる契約関係事務のうち、通常の業務に伴う契約の締結に向けての通常の話合いや法的問題点の検討については、多くの場合「事件性」がない
→ 弁護士法72条に違反しない
一方、取引当事者間で紛争が生じ、その後紛争が解決、和解契約等を締結する場合には、「事件性」が認められることから、このような場合の契約書『作成または審査』についてAI契約書サービスを利用・提供するときには、「その他一般の法律事件」に該当し得ると考えられます。
「鑑定」などの該当性は、仕様や機能によって違法性が分かれる
本ガイドラインでは、行為要件について、「鑑定」と「その他の法律事務」の2つの要素との関係で見解を整理しています。
- 鑑定:法律上の専門的知識に基づき法律的見解を述べること
- その他の法律事務:法律上の効果を発生、変更等する事項の処理
また、検討対象とするサービスの類型について、次の3つを前提としています。
- 契約書等の作成業務を支援するサービス
- 契約書等の審査業務を支援するサービス
- 契約書等の管理業務を支援するサービス
これは、AI契約書チェックサービスだけでなく、契約業務プロセスの主な要素をもとに、AIによる効率化を目的としたサービスのカテゴリーごとに行為要件の該当性を検討しており、精緻な分析がなされています。
ここでは、上記①から③の区別に従い、法務省が整理した適法・違法の棲み分けについて分析していきます。
契約書等の作成業務を支援するサービス
違法となるケース |
例) |
利用者のフリーテキスト入力に対して、契約に至る経緯やその背景、契約しようとする内容等を法的に処理して、具体的な契約書等が表示される場合 |
入力:A社とB社間で結ぶ、秘密保持契約を作ってください。 回答:A社は、開発中の新技術について、提携を検討しているB社に対して、情報を開示する必要がある。開示する情報は、新技術に関する詳細な設計図、実験データ、マーケティング戦略など。秘密保持の対象となる期間は開示日から5年間とし、秘密情報についてはB社がA社の事前の書面による承諾なしに、第三者に開示することを禁止。契約終了後も、秘密保持義務は継続するという内容の契約書を作成します。 など |
質問形式、選択肢が設定されることにより、実質的には利用者による非定型的な入力がされ、当該入力内容に応じ、個別の事案における契約に至る経緯やその背景事情、契約しようとする内容等を法的に処理して、当該処理に応じた具体的な契約書等が表示されるものと認められる場合 |
設問:委託業務の内容は? |
適法となるケース |
・定型的な内容を入力・ひな形ベースでの提供(複数) ・選択肢から希望するものを選択・詳細にわたらない項目選択のみの仕様 ・表示されたひな形に対して、利用者が入力した内容、選択した内容がひな形に反映される |
契約書等の審査業務を支援するサービス
違法となるケース |
例) |
契約書等の記載内容について、個別の事案に応じた法的リスクの有無が提示される仕様 |
第●条の〜〜内容は下請法に違反しています など |
契約書等の記載内容について、個別の事案における契約に至る経緯やその背景事情、契約しようとする内容等を法的に処理して、当該処理に応じた具体的な修正案が表示される仕様 |
この契約内容では●年後の契約更新以降、乙が無条件で甲の要求に応える内容のため、〜〜のような修正をおすすめします など |
適法となるケース |
対照比較による相違点の形式的な指摘にとどまる仕様 契約書等の記載内容と、サービスの提供者又は利用者があらかじめ同システムに登録した契約書等のひな形の記載内容との間で相違する部分がある場合に、当該相違部分が、その字句の意味内容と無関係に表示される |
その他: |
契約書等の管理業務を支援するサービス
違法となるケース |
適法となるケース |
契約書等の記載内容について、随時自動的に、個別の事案に応じた法的リスクの有無やその程度が表示される場合 |
契約関係者、契約日、履行期日、契約更新日、自動更新の有無、契約金額その他の当該契約書等上の文言に応じて分類・表示されるにとどまる場合 |
内容に応じて、個別の対応の必要性が表示される場合 |
同サービスの提供者又は利用者があらかじめ登録した一定の時期や条件を満たした際に、当該事実とともに、同シ ステムの利用者が契約書等に関してあらかじめ登録した留意事項等が表示されるにとどまる場合 |
本ガイドラインから示唆されるAIによる契約書チェックの適法・違法の棲み分けポイント3つ
本ガイドラインを詳細に検討してきましたが、本ガイドラインから示唆されるAI契約書チェックサービスが違法となるかどうかの棲み分けとなるポイントについて3つ抽出されると考えられます。
ユースケースが個別具体の紛争に対するものでないかどうか
1つは、事件性要件との兼ね合いで、サービスのユースケースがユーザーの個別具体的な紛争を想定しているか否かです。
少なくとも企業法務の現場では、一般的な民事事件のように特定の当事者間での紛争・トラブルが顕在化していない場面が少なくありません。むしろ、膨大な取引を行う中である程度パターン化されうる紛争を予防する予防法務が中心的であるともいえます。
そうした定型的な取引における契約業務では、必ずしも法的な紛争は前提としません。
個別案件に対する法的な対応策の提示などがない(適法)
AI契約書チェックサービスが適法になる最も重要な部分は、法的内容。対応策の提示がないことです。先にご紹介したサービス別の「適法範囲」を超えて回答を生成してくるサービスであれば、利用を控えなければならないケースもあります。
もし、契約内容を作成・レビューに対して法的な見解を下に修正や加筆、自社の不利益を被らない内容を検討し、盛り込みたいのであれば、やはり弁護士に相談されるのが最も信頼できる方法といえます。
他方、類似の契約締結が頻繁に発生し、件数を回さなくてならない法務部にとって、最低限の表記揺れ、誤字脱字をチェックする、過去に締結した契約書との比較を行えるという点では、本来の業務に集中できる素晴らしいサービスといえます。
サービス提供元が弁護士であれば原則問題なし
弁護士法72条の要件を満たす場合、サービス提供元が弁護士であれば問題はありません。
しかし、弁護士が提供するAI契約書レビューサービスであっても、以下の点には注意が必要です。
- 弁護士としての責任: AIが誤ったレビュー結果を出力する場合もありますので、その結果として損害が生じないよう、弁護士本人のチェックが入っていることが望ましい。
- 弁護士法73条を考慮:AIが、弁護士が直接受任することができない事件(例えば、他の弁護士が既に受任している事件)を誘致するようなものであった場合、弁護士法73条に違反する可能性があります。
利用者側としては気をつけようの無い部分もありますが、法のプロである弁護士が提供しているという点については事業者提供サービスに比べれば幾分か信頼性の担保はされていると思われます。
AI契約書チェックサービスの導入が望ましい場合と弁護士への都度依頼が望ましい場合
ここまではAI契約書チェックサービスの違法性について解説してきました。現状は正しい仕様に則って提供されているかぎりは適法である旨はご理解頂いけたと思います。
ここからは、本当にAI契約書チェックサービスを利用すべきかのか、AI契約書チェックサービスの必要性についてご紹介します。
AI契約書チェックサービスの導入が望ましい場合
大量の契約書を扱う企業
大量の契約書を日常的に扱う企業にとって、AI契約書チェックサービスの導入は非常に有効です。例えば、多数の取引先や顧客と契約を結ぶ必要がある大規模小売業や、頻繁に新規プロジェクトを立ち上げるIT企業などが該当します。
このような企業では、人手による契約書チェックに多大な時間と労力を要し、業務効率の低下や人的ミスのリスクが高まります。AI契約書チェックサービスを導入することで、契約書の自動チェックが可能となり、作業時間を大幅に短縮できます。
さらに、AIによる一貫したチェック基準の適用により、人為的なミスや見落としを最小限に抑えることができます。これにより、契約書の品質向上と、リスク管理の強化が期待できます。また、法務部門の負担軽減にもつながり、より戦略的な業務に注力できるようになります。
法務部門の人材不足に悩む中小企業
中小企業では、専門的な法務部門を持つことが難しく、契約書のチェックを経営者や一般の従業員が行わざるを得ないケースが多々あります。このような状況下では、法的知識の不足により、不利な契約条件を見逃したり、重要な条項の欠落に気づかなかったりするリスクが高まります。
AI契約書チェックサービスを導入することで、専門的な法務知識がなくても、一定水準以上の契約書チェックが可能になります。さらに、外部の法律事務所への依頼頻度を減らすことができ、コスト削減にもつながります。法務関連の業務効率化により、限られた人材リソースを本業の成長に振り向けることができるのも大きなメリットです。
グローバル展開を進める企業
海外展開を進める企業にとって、異なる法体系や商習慣に基づく契約書の作成・チェックは大きな課題です。言語の壁も相まって、海外契約のリスク管理は非常に複雑で時間のかかる作業となります。
AI契約書チェックサービスの中には、多言語対応や各国の法律に基づいたチェック機能を備えているものがあります。これらのサービスを導入することで、言語や法体系の違いによるリスクを軽減できます。AIは各国の法律や商習慣を学習しているため、国際取引特有の注意点や必要な条項の有無を自動的にチェックしてくれます。
AIチェックサービスではなく都度弁護士へのレビュー依頼が望ましい場合
複雑な法的構造を持つ契約の場合
複雑な法的構造を持つ契約書の場合、弁護士によるレビューが不可欠です。例えば、国際的な企業買収や合併、知的財産権の譲渡、複数の法域にまたがる取引などが該当します。これらの契約では、複数の法律や規制が絡み合い、AIでは捉えきれない微妙な法的解釈が必要となります。
弁護士は、契約の背景にある取引の全体像を理解し、各条項の相互関係や潜在的なリスクを総合的に評価できます。また、最新の判例や法改正を踏まえた解釈や、業界特有の慣行を考慮した助言も可能です。さらに、契約交渉の過程で生じる新たな問題に対して、柔軟に対応し、クライアントの利益を最大限に保護する提案ができます。
新規事業や前例のない取引の場合
新規事業や前例のない革新的な取引を行う際の契約書は、弁護士によるレビューが特に重要です。AIは過去のデータや一般的な契約書のパターンに基づいて学習しているため、全く新しい形態のビジネスモデルや取引に対応することが困難です。
弁護士は、新しいビジネスモデルの特性を理解し、既存の法律をどのように適用するか、または新たな法的枠組みが必要かを判断できます。また、将来的に生じる可能性のある法的リスクを予測し、それに対応する条項を提案することもできます。
さらに、新規事業では往々にして法的グレーゾーンが存在します。弁護士は、こうした不確実な領域において、法律の解釈や適用について専門的な見解を提供し、クライアントの利益を最大限に保護しつつ、法的リスクを最小限に抑える戦略を立てることができます。
高額な取引や企業の命運を左右する重要な契約の場合
企業の命運を左右するような高額な取引や重要な契約の場合、弁護士によるレビューが絶対に必要です。例えば、大規模な設備投資、重要な取引先との長期契約、会社の基幹事業に関わる契約などが該当します。これらの契約では、細部にわたる慎重な検討と、企業の長期的な戦略を考慮した法的アドバイスが求められます。
弁護士は、契約書の法的側面だけでなく、ビジネス上の影響も考慮に入れた総合的な判断ができます。例えば、特定の条項が将来的に企業の成長を制限する可能性がある場合、その点を指摘し、より有利な条件を提案することができます。また、契約交渉の過程で、相手方との力関係や業界の慣行を考慮した戦略的なアドバイスも可能です。
さらに、高額な取引では、万が一のトラブルが発生した際の影響が甚大になる可能性があります。弁護士は、そのようなリスクを最小限に抑えるための細かな条項の調整や、紛争解決メカニズムの設計など、AIでは難しい高度な法的戦略を立てることができます。
このような重要な契約では、AIによる機械的なチェックだけでは不十分であり、弁護士の豊富な経験と専門知識に基づく判断が不可欠です。
AI契約書チェックサービスと並行しての弁護士へレビュー依頼をする重要性
AI契約書チェックサービスは時短や効率化の面では非常に長けたサービスではありますが、並行して弁護士へレビュー依頼をすることも非常に重要です。
以下に重要な理由を挙げ、それぞれ解説します。
AI契約書チェックサービスの限界点
AI契約書チェックサービスは、大量の契約書を短時間でチェックできるというメリットがある一方、以下のような限界点も存在します。
- 法的解釈の限界:AIは、過去の判例や法律に基づいて契約書をチェックしますが、複雑な法的解釈や最新の法改正に対応できない場合があります 。また、法律は常に解釈が変化する可能性があり、AIがその変化に対応しきれない場合もあります。
- 個別具体的な状況への対応能力の不足:契約書は、個々の取引の状況に合わせて作成されるため、AIがすべての状況を想定してチェックすることは困難です 。特に、業界特有の慣習や商取引上の特殊な事情などは、AIでは考慮できない可能性があります。
AI契約書チェックサービスはあくまでもツールであり、その結果を鵜呑みにすることは危険です。AIが示したリスクや問題点について、弁護士に相談し、法的観点からのアドバイスを受けることが重要です。
法的リスクの最小化
AIによる契約書チェックは業務効率化に長けたものですが、法的リスクを排除するサービスではありません。弁護士は法律の専門家として、AIが見落とす可能性のある微妙な法的問題や潜在的なリスクを識別できます。
例えば、最新の判例や法改正に基づいた解釈、業界特有の慣行などを考慮に入れた分析が可能です。弁護士のレビューを併用することで、契約書の法的リスクを最小限に抑え、将来的なトラブルを防ぐことができます。
ビジネス戦略との整合性確保
AIは契約書の形式的なチェックに長けていますが、企業の事業戦略や取引の背景を理解した上での判断することは苦手ですし、判断することをサービス提供することは弁護士法72条違反になります。
弁護士であれば、契約内容が企業のビジネス目標や長期的な戦略と整合しているかを評価できます。
例えば、特定の条項が将来の事業展開を制限する可能性がある場合、弁護士はその点を指摘し、より有利な条件を提案することができます。
交渉力の強化
AIは契約書に潜むリスクを『比較』という形で形式的に表示することはできますが、そのリスクが反面した際、実際の修正やその契約内容にした背景を推察し、交渉に活かすことはできません。
弁護士は、契約相手との交渉において、法的知識と経験を活かして企業にとって最も有利な条件を引き出すことができます。また、業界の慣行や相手企業の特性を考慮した交渉戦略を立てることも可能です。
これにより、単なるリスク回避だけでなく、積極的に企業の利益を追求することができます。
複雑な契約への対応
AIは標準的な契約書のチェックには適していますが、複雑な取引や新しいビジネスモデルに関する契約書の分析には限界があります。弁護士は、複雑な法的構造や前例のない取引形態に対しても、法律の原則に基づいて適切な判断を下すことができます。
また、複数の契約書が絡み合う取引の全体像を把握し、整合性のとれたアドバイスを提供することも可能です。
法的責任の明確化
AIによる契約書チェックは便利なツールですが、最終的な法的責任を負うのは人間です。
弁護士がレビューを行うことで、契約書の内容に関する法的責任が明確になります。万が一問題が発生した場合でも、弁護士の専門的判断に基づいて対応したことを示すことができ、企業のリスク管理の観点からも重要です。
また、弁護士は守秘義務を負っているため、機密性の高い契約内容を安全に取り扱うことができます。
弁護士へのレビュー依頼が必須となるケース
AI契約書チェックサービスの利用が一般的になりつつあるとはいえ、以下のケースでは、弁護士へのレビュー依頼が必須となるといえます。
- 高額な取引:金額が大きい取引の場合、わずかなミスが大きな損失につながる可能性があるため、弁護士による綿密なチェックが必要です。
- 複雑な契約:複数の当事者が関わる複雑な契約や、特殊な条項を含む契約の場合、弁護士による専門的な知識が必要となります。
- 紛争の可能性が高い契約:契約内容に争点となる可能性がある場合や、相手方が法的に問題のある行動をとる可能性がある場合は、弁護士に相談することが重要です。
前例のない新しいタイプの契約: AIでは過去のデータに基づいてチェックを行うため、前例のない新しいタイプの契約の場合、弁護士による法的解釈が必要となります。
今後の議論の動向~まとめに代えて~
AIを用いた契約書関連サービスの適法性について具体的な基準を示し、解説してきました。
AIによるリーガルテックサービスの登場は企業法務の効率化を図る上では素晴らしいサービスであることは間違いありませんが、テクノロジーが発展しても最後に判断するのは私たち人間で、法的見解ならば弁護士の領分です。
2024年時点で、AI契約書サービスが法的リスクを回避しながら実用化されることへの懸念はある程度払拭されていますが、AIはあくまで利用するものであり、全てをまかせるものではありません。技術が法務分野での業務効率化を実現する一方、弁護士との連携や適切な使用範囲の理解がより一層求められているといえます。
特にAI・IT領域は日々新しい技術が登場しており、リーガルテック領域での法務に詳しい専門家・弁護士人口もまだ少ない状況ではありますが、ベンナビITにはIT法務に強い弁護士が多数在籍しておりますので、契約書レビューはもちろん、新規事業立ち上げ、ITサービスのビジネス法務のご相談があれな、いつでもご利用ください。
参照:
法務省|AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第 72 条との関係について
経済産業省(経済産業政策局 産業創造課)|『産業競争力強化法に基づく事業者単位の規制改革制度について』2頁
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