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2024年6月、「経済財政運営と改革の基本方針2024」において下請法の改正が明記され、同年12月には「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」が成立しました。
この改正により、従来の「下請法」は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」、通称「中小受託取引適正化法(取適法)」へと生まれ変わります。
近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を受け、「物価上昇を上回る賃上げ」を実現するためには、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる「構造的な価格転嫁」の実現が不可欠です。
しかし、協議に応じない一方的な価格決定行為など、価格転嫁を阻害し受注者に負担を押しつける商慣習が依然として存在しています。
今回の法改正は、こうした商慣習を一掃し、取引の適正化と価格転嫁をさらに進めていくことを目的としています。
施行期日は令和8年(2026年)1月1日と定められており、企業は準備期間が約1年しかありません。
本記事では、公正取引委員会および中小企業庁が公表した公式資料に基づき、改正の全貌と実務対応のポイントを徹底解説します。
まず、今回の中小受託取引適正化法について、名称の変更や改正の背景・経緯について、解説していきます。
中小受託取引適正化法(取適法)は、従来の「下請代金支払遅延等防止法」(昭和31年制定)を大幅に改正した法律です。
正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」となります。
時代の変化に伴い、発注者である大企業の側でも「下請」という用語は使われなくなっており、法律名称もこの実態に合わせて改正されることとなりました。
同じく令和6年6月の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」では、より具体的に「新たな商慣習として、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させるため、下請法について、コスト上昇局面における価格据置きへの対応の在り方、荷主・物流事業者間の取引への対応の在り方、事業所管省庁と連携した執行を強化するための事業所管省庁の指導権限の追加等に関し、改正を検討し、早期に国会に提出することを目指す」との方針が示されました。
これらの政府方針を受け、公正取引委員会・中小企業庁の共催により「企業取引研究会」(座長:神田秀樹東京大学名誉教授)が設置されました。学識経験者、経済団体・消費者団体等の有識者計20名が委員として参画し、令和6年7月から12月まで計6回の会合を開催。令和6年12月25日に研究会報告書を取りまとめ、公表しました。
改正の背景には、以下のような構造的な課題がありました。
こうした課題に対応し、「物価上昇を上回る賃上げ」の実現に向けた取引環境整備を図るため、今回の大幅な法改正が行われることとなりました。
次に、今回の改正法に係る改正点の概要と改正時期について解説していきます。
今回の法改正は、大きく分けて以下の7つの柱から構成されています。
従来の「買いたたき」とは別途、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、委託事業者が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に代金を決定して中小受託事業者の利益を不当に害する行為を禁止する規定を新設します。
支払手段として手形払を認めないこととし、電子記録債権やファクタリングについても、支払期日までに代金に相当する金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難であるものについては認めないこととします。
発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引を、本法の対象となる新たな類型として追加します。
適用基準として資本金要件に加え、従業員数の基準を新たに追加します。具体的には、従業員数300人(製造委託等)又は100人(役務提供委託等)を基準とします。
事業所管省庁の主務大臣に指導・助言権限を付与し、「報復措置の禁止」の申告先として事業所管省庁の主務大臣を追加します。
「親事業者」を「委託事業者」、「下請事業者」を「中小受託事業者」等に改正します。
木型・治具等の製造委託対象への追加、書面交付義務の電磁的方法による提供の柔軟化、遅延利息の対象への減額の追加、勧告規定の整備などが行われます。
中小受託取引適正化法の施行期日は、「令和8年1月1日」と定められています。
これは、法律の公布日から約1年後の施行となり、企業には準備期間が設けられていますが、実質的な対応期間は限られています。特に、以下のような対応が必要となるため、早期の準備着手が求められます。

改正法の附則には、施行前に締結された契約への適用関係など、経過措置が定められています。
ただし、新法の趣旨を踏まえ、施行前であっても、新たな取引については改正後の考え方に沿った対応を進めることが望ましいと考えられます。
ここで、それぞれの改正項目ごとにどのような改正となっているのか、概要を掘り下げていきます。
前述の通り、法律の題名が「下請代金支払遅延等防止法」から「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に変更されます。
これに伴い、主要な用語が以下のように変更されます。
この変更は単なる名称の置き換えではなく、取引事業者間の対等性を重視する法の基本姿勢を示すものです。
実務上も、契約書や社内文書において「下請」という表現を避け、「委託」「受託」といった用語を使用することが推奨されます。
現行の下請法では、適用対象を判定する基準として資本金のみが用いられていました。しかし、この基準には以下のような問題がありました:
こうした問題に対応するため、適用基準として従業員数の基準を新たに追加します。具体的な基準は、本法の趣旨や運用実績、取引の実態、事業者にとっての分かりやすさ、既存法令との関連性等の観点から、以下のように定められました。
具体的には、改正後の適用基準は次のようになります。
【製造委託等の場合】

この改正により、資本金は少額でも従業員数が多い事業者が委託事業者として本法の適用対象となり、逆に資本金が大きくても従業員数が少ない事業者は中小受託事業者として保護される可能性が生じます。
現行法では、「物品の運送の再委託」のみが対象とされており、発荷主から元請運送事業者への委託は本法の対象外でした。
しかし、立場の弱い物流事業者が、荷役や荷待ちを無償で行わされているなど、荷主・物流事業者間の問題(荷役・荷待ち)が顕在化していました。
そこで改正法では、「発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引」を、本法の対象となる新たな類型として追加し、機動的に対応できるようにしています。
これにより、発荷主(例:部品メーカー、卸売業者等)から運送事業者への直接の委託についても、4条書面の交付義務や各種禁止行為が適用されることになります。
現行法では、物品等の製造に用いられる「金型」のみが製造委託の対象物とされており、木型、治具等については製造委託の対象物とされていませんでした。
改正法では、「専ら製品の作成のために用いられる木型、治具等についても、金型と同様に製造委託の対象物として追加」します。
この改正により、木型や治具の製作委託についても、4条書面の交付や支払期日の設定などの義務が適用されることとなり、より広範な製造関連取引が保護対象となります。
今回の改正における最も重要な新設規定の一つが、この「協議を適切に行わない代金額の決定の禁止」です。
従来の「買いたたき」規定(現行法4条1項5号)は、「通常の対価」より著しく低い額を定めることを禁止していますが、この「通常の対価」(市価)の認定が困難であるという実務上の課題がありました。
他方、コストが上昇している中で、協議することなく価格を据え置いたり、コスト上昇に見合わない価格を一方的に決めたりするなど、上昇したコストの価格転嫁についての課題が顕在化していました。
改正法では、「市価」の認定が必要となる買いたたきとは別途、対等な価格交渉を確保する観点から、「中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、委託事業者が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に代金を決定して、中小受託事業者の利益を不当に害する行為」を禁止する規定を新設します(新第5条第2項第4号)。

少し具体的な例を出すと、以下のような行為が禁止されることになります。この規定は、「交渉プロセス」に着目した規定であり、価格転嫁の実効性を高める上で極めて重要な意義を持ちます。
<コスト上昇型の価格据え置き>
<説明なき一方的な価格決定>
現行法では、手形サイトについて、繊維業は90日、その他の業種は120日という上限が設けられていました(指導基準)。しかし、支払手段として手形等を用いることにより、発注者が受注者に資金繰りに係る負担を求める商慣習が続いていました。
改正法では、「中小受託事業者の保護のためには、今般の指導基準の変更を一段進め、本法上の支払手段として、手形払を認めないこととする」としています。
さらに、「電子記録債権やファクタリングについても、支払期日までに代金に相当する金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難であるものについては認めないこととする」とされています(新第5条第1項第2号)。
現行法では、支払日までの期間(60日)に加えて手形サイト(60日)が認められており、現金受領までの期間が最長120日となっていました。
改正法では、手形払が禁止されることにより、支払日までの期間(60日)=現金受領までの期間となり、中小受託事業者の資金繰りが大幅に改善されることが期待されます。

電子記録債権やファクタリングについては、「手数料等を含む満額」を支払期日までに得られるものであれば認められる余地があります。
具体的にどのようなスキームが許容されるかは、今後のガイドライン等で明確化されると考えられます。
現行法では、書面交付義務について、「下請事業者から事前の承諾を得たときに限り、書面の交付に代えて、電磁的方法により必要的記載事項の提供を行うことができる」とされていました。
つまり、電子メールやシステムでの発注書送付については、個別の取引ごとに中小受託事業者から事前承諾を得る必要があり、実務上の負担となっていました。
改正法では、中小受託事業者の承諾の有無にかかわらず、必要的記載事項を電磁的方法により提供可能とすることとされました。
これにより、委託事業者は、中小受託事業者の個別承諾なしに、電子メールや受発注システムを通じて4条書面に相当する情報を提供できるようになります。

承諾が不要になったとしても、以下の点には留意が必要です:
電子化の推進は業務効率化に資する一方、中小受託事業者の権利保護が損なわれないよう、運用面での配慮が求められます。
現行法では、下請代金の支払遅延については、親事業者に対し、その下請代金を支払うよう勧告するとともに、遅延利息(年率14.6%)を支払うよう勧告することとされていました。
しかし、「減額」については、当該規定が存在しませんでした。
改正法では、遅延利息の対象に減額を追加し、代金の額を減じた場合、起算日から60日を経過した日から実際に支払をする日までの期間について、遅延利息を支払わなければならないものとすることとされました。
具体的には、以下のような場合に遅延利息が発生します。

この改正により、委託事業者が不当に代金を減額した場合、減額分について60日経過後から遅延利息が発生することとなります。
これは、減額行為に対する抑止効果を高め、中小受託事業者の権利保護を強化するものです。
現在、事業所管省庁には調査権限のみが与えられており、公正取引委員会、中小企業庁、事業所管省庁の連携した執行をより拡充していく必要がありました。
また、事業所管省庁(「トラック・物流Gメン」など)に通報した場合、本法の「報復措置の禁止」の対象となっていないという問題もありました。
改正法では、以下の2点が措置されます:
・従来は調査協力のみだった事業所管省庁に、委託事業者への指導・助言権限を付与
・これにより、公正取引委員会、中小企業庁、事業所管省庁の三者による「面的執行」が強化される
・「報復措置の禁止」の申告先として、現行の公正取引委員会及び中小企業庁長官に加え、事業所管省庁の主務大臣を追加
・これにより、中小受託事業者が申告しやすい環境を確保
この改正により、例えば国土交通省の「トラック・物流Gメン」に通報した運送事業者が、その後に荷主から取引停止や発注減少などの報復措置を受けた場合、それ自体が本法違反となります。
これは、中小受託事業者が安心して違反行為を申告できる環境を整備し、法の実効性を高めるねらいがあります。
ここでは、実務上特に重要度が高い改正項目について、より詳細に解説します。
従業員数基準の追加は、適用対象の判定方法を根本的に変える改正です。これまで資本金のみで判断していた実務が大きく変わることになります。
この点についてのポイントは、適用不適用の判定の考え方を正しく理解することです。簡単な例示で考えると次のとおりです。
【ケース1:従業員数規模により新たに対象となる例】
現行法:資本金要件を満たさないため対象外
改正法:発注者が従業員100人超えのため、対象となる
【ケース2:従業員数基準により対象外となる例】
現行法:資本金要件により対象
改正法:受注者が従業員300人以下だが資本金が3億円以下でないため、また従業員数も300人超でないため、判定が複雑
この改正により、委託事業者は、取引先の従業員数を確認する体制を整備する必要があります。具体的には、最後のセクションで詳しく解説していきます。

これは様々な観点で整理することができますが、例示として下記が挙げられます。
運送委託が対象取引に追加されることで、物流業界における取引慣行が大きく変わる可能性があります。
発荷主は、運送事業者に対して、4条書面(またはこれに代わる電磁的記録)を交付する義務を負います。
実務上このような慣行が必ずしも想定されていないことから、取引上与える影響は大きいものと考えられます。
そして、運送委託についても、委託事業者側の禁止行為の適用があるため、例えば以下のような行為が禁止されると考えられます。
特に、荷役作業や荷待ち時間の問題は、これまで物流業界における大きな課題でしたが、改正法により明確に規制対象となることで、取引の適正化が進むことが期待されます。
○「協議を求めた」の解釈
この文言は、禁止規定の該当性のトリガー的な位置づけになる要素であることから、重要性が高いポイントです。
この点について、「協議を求めた」とは、書面か口頭かを問わず、明示的に協議を求める場合のほか、協議を希望する意図が客観的に認められる場合とされています。
例えば、中小受託事業者が従来の単価を引き上げて計算した見積書等を提示した場合 つまり、「価格協議をお願いします」と明示的に言わなくても、値上げした見積書を出すこと自体が協議の申入れと認定される可能性があります。
○「協議に応じない」の具体的態様
協議に応じないというのは、求めに対してNoと断ることのほかにも、以下のような行為が「協議に応じない」に該当するものとされています。
なお、逆に増額する場合については、基本的に個別協議をスキップしても問題ないこととされています。
運用基準9(6)によると、「多数の中小受託事業者に対し類似の取引を委託する委託事業者が、個別協議を実施せず一律に、コスト上昇分に十分見合うよう従前の代金からの引上げを決定し、当該中小受託事業者の申し入れた引上げ額を上回る製造委託等代金の額を定めた場合」には個別協議は不要とされています。
つまり、受注者の要望を上回る値上げを一方的に決定した場合は、個別協議をしなくても違反とならない可能性があります。
改正前は、電子的方法による提供には「中小受託事業者から事前の承諾を得たとき」という要件がありました。
改正法ではこの承諾要件が削除されます。シンプルな改正ポイントですが、パブリックコメントでは様々な論点が議論されました。
いくつかピックアップしてご紹介していきます。
電磁的方法で明示した後、中小受託事業者から書面交付を求められた場合、必ず応じなければならないか否かという点について、以下のケースでは書面交付請求に応じる必要はないものとされています。
①電磁的方法で明示後、委託事業者側で任意に書面を交付した場合
②電磁的方法で明示後、中小受託事業者の求めに応じて書面を交付した場合
つまり、何らかの形で書面交付に応じる必要がありますが、一度でも書面を交付していればその後の請求には応じる必要がありません。
明示規則では、電磁的方法として以下を規定しています。①電子メールその他の受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信を送信する方法、及び②電磁的記録の交付です。
これにより、以下のような方法が可能であると考えられます。
・電子メールでのPDF送付
・受発注システムでの情報提供
・クラウドストレージでの共有(アクセス権限付与)
運送業において、貨物自動車運送事業法に基づく「運送に関する書面」と、取適法の4条書面を同一の書面または電磁的方法により提供することは可能であることが確認されました。
これにより、既存の運送契約書・配送伝票等に取適法上の必要記載事項を追加することで、二重の事務負担を回避できます。
改正前は、支払遅延についてのみ遅延利息(年率14.6%)の規定がありましたが、改正法では「減額」についても遅延利息が発生することとなりました。
理解しておく必要があるのは、その計算方法です。法文上は、「代金の額を減じた場合、起算日から60日を経過した日から実際に支払をする日までの期間について、遅延利息を支払わなければならない」ことから、次のようなイメージになります。
具体例
減額した20万円についての遅延利息
では、取適法の施行に向けて具体的にどのような対応が必要になるでしょうか。主なポイントを4つ紹介していきます。
2026年1月1日の施行に向けて、まず行うべきは、既存の取引先が改正法の適用対象となるかどうかの確認です。
洗い出しの手順
また、中小企業では整備の手が回らないことがありますが、取引先ごとに以下の情報を一覧化した管理台帳を整備することが実務上は重要になってくるでしょう。
契約書の既存のひな形や見積書の書式について、見直し・点検をした上で、改定を行っておく必要があります。
契約書の改定ポイントとしては、次のようなものが挙げられます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 用語の変更 |
|
| 価格改定条項の追加・見直し |
|
| 支払条件の見直し |
|
| 協議記録の作成 |
|
中小受託取引適正化法の施行に向けて、企業は既存の購買・受発注に関する社内規程を抜本的に見直す必要があります。特に購買規程については、新たな適用基準や禁止行為に対応した内容に改定することが不可欠です。
購買規程において、取引先が本法の適用対象となる中小受託事業者に該当するか否かを判定する手順を明確に定める必要があります。
<適用判定・確認のためのフローを規定する>
新規取引を開始する際には、必ず適用対象の判定を行うためのチェックリストを用いることを義務付けます。このチェックリストには、取引の類型(製造委託、情報成果物作成委託、役務提供委託、運送委託のいずれに該当するか)、相手方の資本金額、従業員数の確認項目を含めます。
資本金については、登記簿謄本等の公的書類による確認が原則ですが、既存取引先については定期的な確認(年1回程度)で足りると考えられます。一方、従業員数は変動しやすいため、発注時を原則としつつ、継続的な取引においては年度初めなど一定の基準日における確認でも運用可能とするなど、実務的な負担とのバランスを考慮した規定とします。
判定結果については、必ず記録を作成し、適切に保管することを規程に明記します。記録には、判定日、確認方法、確認資料、判定結果、判定者などを記載し、公正取引委員会や中小企業庁からの調査に対して速やかに提示できるよう整備します。保管期間は、本法の書類保存義務に準じて2年間以上とすることが望ましいでしょう。
<4条書面の電子交付手順を規定する>
運送委託においては荷役作業の有無とその対価、情報成果物作成委託においては著作権等の権利の帰属など、取引類型ごとに特有の記載事項があるため、類型別のチェックリストを用意することが有効です。
電子交付の場合の手順について明確に定めておく必要があります。改正法では中小受託事業者の承諾が不要となりましたが、電子メールやシステムを通じて発注情報を提供する際の具体的な方法、送信エラーの確認方法、相手方が確実に内容を確認できる状態を確保する方法などを規程に盛り込みます。また、中小受託事業者から書面での交付を求められた場合の対応についても定めておくことが望ましいでしょう。
<価格改定協議のプロセスを規定する
今回の改正で新設された「協議に応じない一方的な代金決定の禁止」に対応するため、価格改定協議のプロセスを購買規程に新たに盛り込む必要があります。
受注者からの協議申入れを受け付ける窓口を明確化し、購買部門内に専任の担当者を置くか、または各発注担当者が一次窓口となることを定めます。
協議の申入れは、書面、電子メール、口頭など方法を問わないことを規程に明記し、従来の単価を引き上げた見積書の提出なども協議の申入れと認識して対応することを周知します。申入れを受け付けた際には、必ず受付記録を作成し、受付日、申入れ者、申入れ内容の概要を記録します。
協議の実施手順としては、申入れから一定期間内(例えば10営業日以内)に初回協議を実施することを原則とします。協議においては、中小受託事業者が求める事項(原材料費の上昇、労務費の増加等)について真摯に聴取し、提出された資料(原価計算書、市況資料等)を確認します。
委託事業者側としても、価格を据え置く場合や要望に応じられない場合には、その理由を具体的に説明し、代替案(段階的な値上げ、他のコスト削減策の提案等)を提示するなど、誠実な対応を心がけることを規程に定めます。

公取委・中小企業庁が年次で実施する実態調査を契機に、万が一個別の調査が入った場合のために、客観的に説明できる記録の保存などが有効です。
具体的には、協議の日時・場所、出席者、中小受託事業者からの申入れ内容、提出資料、委託事業者の検討内容・回答、合意事項または継続協議事項、次回協議予定などを詳細に記録します。記録は書面または電子メール等の形式で作成し、当事者間の認識の齟齬が生じないよう、可能であれば双方で確認・署名することが望ましいでしょう。
これらの記録は、公正取引委員会の調査等に備えて、少なくとも2年間は保存します。
最後に、より実務上のポイントとなりうる論点についていくつか注意点を解説していきます。
公取委・中小企業庁は「製造委託等をした時点における『常時使用する従業員の数』によって判断される」と明確化しました。つまり、発注時が判定基準時点となります。
発注時基準とすると、特に月次で継続的な受発注をしているような場合、受託事業者側の従業員数を月次で把握して都度判断が必要になることになります。
そこで、確認方法としては、以下のような方法が例示されます。
・「従業員数が300人を超える場合は、以下のボックスにチェックを入れて御返送ください」等と記載
・相手方から提出してもらう見積書の備考欄に「従業員数は300人を超えていない」等の記載を記入してもらう
・口頭での確認は避け、証拠が残る方法を採用
なお、実務上の負担軽減策として、「製造委託等をする取引の相手方の『常時使用する従業員の数』が確認できない場合などにより、当該相手方が中小受託事業者に該当しないことが判別できない場合には、本法に準拠して御対応いただくことが望まれます」としています(パブリックコメント2頁No1参照)。
判別が難しい場合は、とりあえず適用対象となった場合を想定し、取適法に照準を合わせた対応をしておくのが無難です。
今回の改正により、4条書面の電子提供について承諾不要となっても、以下の点には留意が必要です。
電子的方法でも、12項目の必要的記載事項をすべて含める必要があります。システム上でAIなどで自動生成することにより効率化することが考えられますが、ダブルチェックを行い項目の漏れがないよう十分な確認が必要です。
「中小受託事業者が確実に内容を確認できる状態」を確保する必要があります。下記の観点で対策を講じておくことが重要です。
メール送信の場合:送信エラーの検知
システム上での閲覧の場合:アクセス権限の付与確認
一方的な送信だけでなく、到達・閲覧可能性の確保
法的には承諾不要ですが、デジタル対応が困難な中小受託事業者に対しては、希望に応じて書面でも交付するなどの配慮が、取引関係の維持の観点から望ましいといえます。
前記のとおり、今回の禁止規定の追加は、代金減額におけるプロセスを重視している趣旨から「必要な説明若しくは情報の提供」としてどこまでのことをする必要があるかという点が実務上重要となります。
委託事業者が「必要な説明及び情報の提供」をしたか否かは、以下の要素を勘案して総合的に判断されます。
そして、協議経過については、当事者間の認識に齟齬を生じないよう、書面・電子メール等の記録を作成・保存しておくことが望ましく、具体的には次の項目を議事録や作成資料として保存しておくことが有効です。

重要な論点として、新設される「協議に応じない一方的な代金決定」と従来の「買いたたき」の関係が挙げられます。
「5-18の例(燃料価格高騰時に中小受託事業者が単価引上げを求めたが十分な協議なく据え置いた事例)は、改正前は『買いたたき』のみに該当するが、改正後は『買いたたき』及び『協議に応じない一方的代金決定』の2つに該当するという理解でよいか」
「協議に応じない一方的な代金決定に該当するかについては、個々の製造委託等について判断されることとなりますが、買いたたきと異なり、定められた製造委託等代金の額が『通常支払われる対価に比し著しく低い』ことを要しないことは、御理解のとおりです」
ここから、①定められた対価が「通常の対価を大幅に下回る」→買いたたき及び協議拒否の両方に該当しうる、②定められた対価が「通常の対価」程度→買いたたきには該当しないが、協議拒否には該当しうるという1つのメルクマールが浮かび上がります。
これにより、市価の認定が困難な「買いたたき」よりも、協議プロセスに着目した新規定の方が適用しやすいという実務的意義があります。
改正法により、木型、治具等が製造委託の対象物として追加されますが、今後は以下のような物品の製作委託も本法の適用対象となります。
実務的には、これらの製作委託についても、4条書面の交付、60日以内の支払などの義務を履行する必要があると考えられます。そこで、製造委託において、委託事業者が材料を有償で支給する場合、以下の点に注意が必要です。
・有償支給材料の品名、数量、対価
・引渡しの期日
・決済期日、決済方法
・給付受領前の材料代金の支払要求は禁止(現行法どおり)
・材料支給時ではなく、製品受領時を基準とした決済
また、金型を中小受託事業者に保管させる場合において、主に次の点に留意する必要があります。
運送委託の追加は、物流業界に大きな影響を与える改正ですが、パブリックコメントでは適用範囲について多数の質問がありました。
いくつか質問と要旨をピックアップしてご紹介していきます。

物流業界で大きな問題となっている荷役作業や荷待ち時間について、運用基準上、「委託事業者が、中小受託事業者に対し、製造委託等代金とは別に、無償で、運送の役務以外の役務を提供させることは、本法第5条第2項第3号に規定する不当な経済上の利益の提供要請」にあたるものとされています。そのため、以下の理解が重要です。
重要なのは、あらかじめ中小受託事業者との間で、着荷主が中小受託事業者に対して荷役等の要請をした場合に提供されるべき役務の内容及びその対価を十分に協議し、取り決めておくことが望ましいとされている点です。
中小受託取引適正化法(取適法)は、令和8年(2026年)1月1日に施行されます。
この法改正は、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁を定着させ、「物価上昇を上回る賃上げ」を実現するための重要な制度改正です。以下、今回の記事の内容をおさらいします。
改正の主要ポイント
委託企業に求められる対応
中小受託事業者(受注者)として認識しておくべきこと
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