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2025年6月4日、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策を企業の義務とする法律——改正労働施策総合推進法——が国会で成立しました。施行は令和8年(2026年)10月1日。これにより、従業員を1人でも雇用するすべての事業者は、カスハラに関する雇用管理上の措置を講じなければならなくなります。
「お客様は神様」という文化が根強い日本社会において、「顧客からの要求を拒絶できるのか」「何をすればよいのか」「違反したらどうなるのか」と困惑されている経営者・人事担当者の方も多いのではないでしょうか。また、現場ではすでに深刻なカスハラ被害が続いており、対応を先送りにするリスクも高まっています。
本記事では、企業法務に注力する弁護士の視点から、カスハラ対策義務化の法的内容・企業が講ずべき具体的措置・業種別の実践ポイントを詳しく解説します。施行まで時間のない今、ぜひ社内体制整備の参考にしてください。
本記事のポイントカスハラ対策の義務化は大企業・中小企業を問わず全事業者が対象。就業規則改定・相談窓口設置・マニュアル整備など、施行日までに最低限揃えるべき要素が複数あります。
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カスタマーハラスメントとは、顧客・取引先・施設利用者などから受ける、社会通念上許容される範囲を超えた言動により、労働者の就業環境が害される問題行動を指します。その実態は深刻です。厚生労働省の調査では、過去3年間にカスハラ相談があったと回答した企業の割合は27.9%に達し、前回調査に比べ8.4ポイント増加しています(厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」)。
具体的な行為としては、長時間にわたる怒鳴り込みや土下座の強要、脅迫的な言動、SNSを通じた誹謗中傷、本来のサービス範囲を大幅に超える過度な要求などが典型例として挙げられます。これらの行為は、被害を受けた労働者に精神的ダメージを与えるだけでなく、離職率の上昇・採用難・企業のレピュテーションリスクにも直結します。
カスハラが放置された場合、企業が受けるリスクは多岐にわたります。第一に、被害を受けた従業員が精神疾患を発症し労災認定される可能性があります。第二に、使用者として職場環境配慮義務(労働契約法5条)を果たさなかったとして、損害賠償請求を受けるリスクがあります。第三に、深刻なカスハラ事案が社外に露出した場合の採用・ブランドへのダメージも無視できません。
カスハラ対策の法制化は、段階的に進みました。先駆けとなったのは東京都です。2024年10月4日、東京都議会は全国初の「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」を可決・成立させ、2025年4月1日に施行されました。同条例は事業者・顧客双方に防止の責務を課するものです。
この東京都の動きを受け、国レベルでも立法化の議論が加速します。厚生労働省は「顧客等からの著しい迷惑行為の防止等のための対策の推進に関する検討会」を設け、法整備の方向性を検討しました。その結果、2025年5月20日に改正労働施策総合推進法が衆議院を通過し、同年6月4日に参議院で可決・成立、2025年6月11日に公布(令和7年法律第63号)されました。2026年2月26日には事業主が講ずべき措置を具体化した指針(「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)が公布され、同年10月1日から施行が予定されています。
改正労働施策総合推進法において、カスタマーハラスメントは次のように定義されています。すなわち、「職場において行われ顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、社会通念上許容される範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されること」です。
この定義を分解すると、カスハラの成立要件は、①行為者が顧客等(事業に関係を有する者)であること、②社会通念上許容される範囲を超えた言動であること、③労働者の就業環境が害されること——の3つをすべて満たすことが必要です。
カスハラの典型例としては次のようなものが挙げられます。
一方で、正当なクレーム——製品の欠陥指摘、サービスの改善要望など——はカスハラには該当しません。両者の境界線は「社会通念上許容される範囲を超えているか否か」にありますが、その判断は具体的事情によって異なるため、個別に検討する必要があります。
改正労働施策総合推進法に基づくカスハラ対策の措置義務は、令和8年(2026年)10月1日から施行されます。対象となるのは「労働者を雇用するすべての事業主」であり、大企業・中小企業・零細事業者を問いません。パートタイム労働者や派遣労働者(派遣先企業を含む)を雇用している場合も対象に含まれます。
現時点では、措置義務違反に対する直接的な刑事罰は設けられていません。しかし、「罰則がない=対応不要」という解釈は誤りです。
改正法の下では、措置義務に違反した事業主に対して厚生労働大臣(労働局長)が①助言、②指導、③勧告を行うことができます。さらに正当な理由なく勧告に従わない場合には「企業名の公表」という制裁措置が設けられています(改正後の労働施策総合推進法33条)。企業名公表は行政処分の一種であり、企業のレピュテーションに深刻な打撃を与えうるものです。また、カスハラ対策を講じていないことにより従業員が被害を受けた場合には、安全配慮義務違反(労働契約法5条)に基づく民事損害賠償請求を受けるリスクも生じます。
刑事罰がないため軽視されがちですが、勧告無視時の企業名公表と、安全配慮義務違反による民事賠償は実務上の論点として確立しています。被害従業員が労災・精神疾患で離職した場合は賠償額が高額化するケースもあり、現状の備えとのギャップ確認が有効です。
労務・労災に精通した弁護士と一度棚卸しすることで、自社が優先すべき対応領域が明確になります。
改正労働施策総合推進法および厚生労働省指針(2026年2月26日公布)は、事業主が講ずべき措置を具体的に示しています。その内容は大きく6つに整理できます。
事業主は、カスハラを職場において生じさせてはならないという方針を明確に示し、従業員および顧客等に対して周知・啓発しなければなりません。
具体的には、就業規則や服務規律の中に「カスタマーハラスメントを容認しない」旨の条項を明記し、それを全従業員に周知することが求められます。また、事業者のウェブサイトや店頭における「カスハラ行為お断り」の表示・告知なども有効な周知手段となります。この方針明確化は、単なる内部規律の問題にとどまりません。顧客側に対して「サービス提供者として不当な要求は受け入れない」という毅然とした姿勢を示すことで、カスハラの予防効果も期待できます。
事業主は、従業員がカスハラ被害を相談できる体制をあらかじめ整備し、その相談窓口を従業員に周知しなければなりません。
相談窓口は、社内に設置することが基本ですが、外部の法律事務所やEAP(従業員支援プログラム)機関を活用することも認められています。重要なのは、相談した従業員が不利益を受けないこと(相談者保護)と、相談内容の秘密が守られること(秘密保持)を明確に担保することです。相談窓口担当者は、パワハラ・セクハラ相談窓口と兼任させることも実務上有効です。
カスハラが実際に発生した場合、事業主は被害を受けた従業員への迅速な支援と、行為者への適切な対応を行わなければなりません。
具体的には、被害を受けた従業員の保護(業務から一時切り離す、精神的サポートを提供する等)と、カスハラ行為の事実確認・記録が優先されます。その上で、行為者に対して注意・警告を行い、改善が見られない場合には取引停止・出入禁止といった対応措置を講じることになります。
事業主は、カスハラが発生しないよう、予防的・抑止的な措置を講じることが求められます。
例えば、繰り返しカスハラを行う顧客に対してサービス提供を制限・拒絶すること(いわゆる「出入禁止」対応)は、業務委託契約・役務提供契約における解除権または契約解除権の行使として法的に正当化できます。また、悪質なカスハラについては警察への届出(脅迫罪・侮辱罪・不退去罪等)も有効な抑止手段です。
カスハラ被害への対応は、人事・法務・経営層が一体となった組織的な対応が必要です。また、外部機関(弁護士・警察・行政機関等)との連携体制をあらかじめ構築しておくことも重要です。
特に、カスハラが刑事事件(脅迫・強要・不退去等)に発展し得るケースでは、警察との連携を早期に確立することが被害拡大防止に有効です。
事業主は、従業員に対してカスハラに関する教育・研修を定期的に実施しなければなりません。
研修の内容としては、カスハラの定義・具体例・発生時の対応手順・相談窓口の利用方法などが基本的な内容となります。特に、管理職(店長・SVなど)に対しては、部下からカスハラ相談を受けた場合の対応方法や、現場でのエスカレーション判断に関するより高度な研修が望まれます。
小売業・飲食業は、顧客との直接接点が多く、カスハラが最も発生しやすい業種のひとつです。レジ対応や店頭クレームにおいて暴言・長時間拘束などのカスハラが多発しています。この業種では、現場対応のマニュアル整備と従業員の初動対応トレーニングが特に重要です。「一人で対応させない」「上長へのエスカレーションルートを明確にする」「防犯カメラ等による記録の活用」が有効な対策です。
医療・介護・福祉業は、患者・利用者側に脆弱性がある場合も多く、対応が難しい業種です。特に介護事業所では、利用者家族からの理不尽なクレームや長時間のハラスメント的行為が深刻な問題となっています。この業種では、ケアプランや施設利用契約においてカスハラ行為への対応方針を明記することと、記録の徹底が重要です。また、介護事業所については2026年度から厚生労働省の別途の基準・加算制度によりカスハラ対策が求められる可能性があるため、業界動向を継続的に追うことが求められます。
IT・サービス業では、電話・メール・チャット等の非対面コミュニケーションにおけるカスハラが増加しています。長時間の電話拘束、過度な要求メールの連発、SNSを通じた攻撃的なコメントなどが典型例です。非対面のカスハラは記録が残りやすいという特徴があるため、記録管理体制を整備し、悪質なケースに対しては速やかに弁護士・警察に相談する体制が有効です。
中小企業では、専任の人事・法務担当者がいないケースも多く、対策にかけられるリソースも限られています。そうした場合の優先順位は次のとおりです。
まず最初に取り組むべきは、次の3点です。これらは比較的低コストで実施可能であり、義務化への最低限の対応として有効です。
その後、リソースの余裕を見ながら、研修実施・外部機関との連携体制構築へとステップアップしていくことを推奨します。
専任の法務担当がいなくても、就業規則条項・相談窓口設計・対応マニュアル雛形を弁護士と整備すれば、施行日までの最短対応が可能です。業種特性に応じたカスタマイズも併せて相談できます。
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カスハラを行う顧客に対して、契約前にサービス提供を拒絶することは、契約自由の原則からしても許容されると考えられます。また、継続的なサービス提供契約においては、カスハラ行為を「重大な契約違反」として位置付け、契約解除条項に基づく解除も可能です。
ただし、独占禁止法や特定の規制(公衆浴場法・旅館業法等)が適用される業種においては、正当理由のない入場拒否が制限される場合もあるため、個別の検討が必要です。
カスハラの態様によっては、民事上の不法行為責任(民法709条)の追及や、刑事上の告訴(脅迫罪・強要罪・侮辱罪・不退去罪等)も選択肢に入ります。
特に悪質なケース——脅迫的言動、執拗な来訪による業務妨害、SNSでの誹謗中傷——では、仮処分(業務妨害禁止の仮処分等)や損害賠償請求訴訟の提起が有効な対抗手段となります。また、暴言・脅迫について刑事告訴・被害届提出を行うことも、当該顧客の行動を抑止する効果があります。
カスハラ対応の記録化にあたっては、録音・録画等が有効ですが、個人情報保護法・プライバシー権との関係に留意が必要です。特に、録音記録を外部に公開したり、クレーム対応において収集した個人情報を目的外利用することは許されません。
一方、従業員による対応場面の録音については、職場環境にもよりますが、法的には問題ないとする裁判例が多く存在します。状況に応じて柔軟に活用することも選択肢の一つです。
次のようなケースでは、早急に弁護士に相談することをおすすめします。
2026年10月1日の改正労働施策総合推進法施行により、カスハラ対策は「任意の取組み」から「法的義務」へと変わります。しかし、重要なのは単に法律上の義務を履行することではなく、従業員が安心して働ける職場環境を実現することです。
企業が今すぐ取り組むべきことは、次の3点から始め、徐々に体制を充実させていくことです。
施行日(2026年10月1日)までの最低限アクション
「うちの会社ではカスハラはそれほど多くない」と感じている経営者や人事担当者も、潜在的な被害が表面化していない可能性があります。義務化の施行を機に、自社のカスハラ対策を体系的に見直し、従業員を守る体制を整えてください。
対策の具体的な内容・就業規則の改定・警告書の作成・法的対応の方針策定については、企業法務に精通した弁護士にご相談ください。
カスハラ対策は就業規則・規程整備、警告書・契約解除通知書の作成、刑事告訴・仮処分対応まで法的論点が広範囲に及びます。社内リソースだけで完結させようとすると、施行日までに間に合わないケースも少なくありません。
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