
秘密保持契約(NDA)は、ビジネスにおいて情報漏えいを防ぐために重要な役割を果たします。
しかし、これまでの取引や契約でNDAを締結したことがない場合「どんな内容のNDAを締結すべき?」「そもそも全ての契約でNDAが必要なの?」「どのタイミングで締結するのが良いの?」などわからないことも多いでしょう。
そのため、秘密保持契約の基本的な考え方や必要な条項をしっかりと把握し、自社の状況に合った契約書を作成し、適切なタイミングで締結することが重要です。
本記事では、秘密保持契約の概要や関連する法律、ひな形の使い方、締結までの流れ、秘密保持契約の実効性を高めるポイントを解説します。
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秘密保持契約(NDA)とは?秘密情報の共有相手に秘密保持の義務を課す契約
秘密保持契約とは、相手方に開示する秘密情報の取り扱いや禁止事項を定める契約のことです。
英語では「Non-Disclosure Agreement」と呼ばれるため、略して「NDA」とも表記されます。
まずは、NDAと類似する契約との違いや、NDAが利用されるシーンについて見ていきましょう。
秘密保持契約(NDA)と機密保持契約・守秘義務契約との違い
秘密保持契約と似た用語に、「機密保持契約」や「守秘義務契約」などがあります。
これらは呼び方が異なるだけで、実務上は同義のものとして扱われるのが通常です。
契約の目的や法的な効力にも、ほとんど違いはありません。
秘密保持契約(NDA)が結ばれる主なシーン
秘密保持契約は、主に以下のようなシーンで、情報漏えいや不正利用を防ぐ目的で締結されます。
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そのため、新しく企業や個人と取引をおこなうために契約をする際は、主となる契約と同時にNDAを締結することが大切です。
秘密保持契約(NDA)に関連する主な法律
秘密保持契約をより効果的に機能させるには、関連する法律の内容も理解しておかなければなりません。
とくに、以下の3つの法律は、秘密情報の保護と深く関係しています。
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それぞれの概要と秘密保持契約との関係をよく確認しておきましょう。
不正競争防止法|営業秘密が侵害された場合に関連
不正競争防止法は、国民経済の健全な発展を目指し、事業者間の公正な競争の促進を図る法律です。
本法では、不正競争行為の類型のひとつとして、「営業秘密」の侵害を禁止しています。
営業秘密とは、以下の3つの条件を全て満たす情報のことです。
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このように、営業秘密の範囲は限定されています。
そのため、営業秘密に該当しない情報を秘密情報として保護するためには、秘密保持契約を締結する必要があるのです。
個人情報保護法|秘密情報に個人情報が含まれる場合に関連
個人情報保護法は、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする法律です。
本法は、個人情報を取り扱う事業者に対して、以下のような義務を課しています。
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秘密情報の中に個人情報が含まれている場合には、個人情報保護法の義務を果たす意味でも、秘密保持契約を締結しておくのが賢明です。
特許法|対象となる秘密情報で特許の取得を検討している場合に関連
特許法は、発明を保護しつつ、その内容を公開することで技術の発展と産業の振興を促すことを目的とする法律です。
本法では、発明者が特許を受けるための要件を定めています。
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要件のうちで重要なのが「新規性」です。
発明内容が秘密として扱われておらず、不特定多数に知られてしまうと、発明に新規性があるといえず、要件を満たさない可能性があります。
そのため、将来的に特許出願を検討している場合には、秘密保持契約を締結して情報漏えいを防ぐことが不可欠です。
秘密保持契約書(NDA)の書き方|何を書くべき?
ここから、秘密保持契約書(NDA)に記載すべき条項や記載例を紹介します。
タイトル|秘密保持契約書とするのが一般的
まず、契約書のタイトルを定めます。
タイトルは「秘密保持契約書」とするのが一般的です。
秘密情報の定義|どの情報を秘密情報として取り扱うか
次に、当事者間でやり取りする情報のうち、どの情報を秘密情報として取り扱うか定めます。
あわせて、秘密情報から除外する情報についても記載しましょう。
秘密情報の定義の記載例 |
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本契約における「秘密情報」とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう。ただし、開示を受けた当事者が書面によってその根拠を立証できる場合に限り、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。
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秘密保持義務|秘密情報を承諾なく開示できる範囲
次に、秘密情報を開示してよい範囲を定めます。
契約内容によっては、開示範囲を当事者間に限定すればよいケースもあれば、関連会社や外部の専門家に情報共有が必要なケースもあります。
状況に応じて、開示範囲を具体的に決定しましょう。
秘密保持義務の記載例 |
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受領者は、開示者から開示、提供された秘密情報について厳に秘密を保持し、開示者の事前の書面による承諾がない限り、本契約の存在も含め秘密情報を第三者に開示又は漏洩してはならない。 前項の定めにかかわらず、受領者は、開示者による事前の書面承諾を得た場合に限り、自己の[子会社/親会社/ 関係会社] のうち本目的のために秘密情報を知る必要があるものに対し、本目的のために必要な範囲内でのみ、秘密情報を開示することができる。 |
目的外使用の禁止|契約で定められた目的以外で秘密情報の使用を禁止する
次に、秘密情報の目的外使用の禁止を定めます。
まず契約の目的を冒頭に記載し、そのうえで契約で定められた目的以外での秘密情報の使用を禁止する旨を定めるのが一般的です。
秘密情報の目的外使用の禁止の記載例 |
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◯◯◯◯株式会社(以下「甲」という。)と◯◯◯◯株式会社(以下「乙」という。)とは、◯◯◯◯について検討するにあたり(以下「本取引」という。)、甲又は乙が相手方に開示する秘密情報の取扱いについて、以下のとおりの秘密保持契約(以下「本契約」という。)を締結する。 秘密情報等は、本取引の目的以外には使用しないものとする。 |
コピー・複製の制限|秘密情報をコピー・複製してよい例外的ルールの設定
次に、コピー・複製の可否や、複製物の取り扱いを定めます。
秘密情報の保護という観点からすれば、たとえ業務上必要であっても、コピーや複製は必要最小限にとどめるべきでしょう。
また、コピー・複製された資料についても、元の秘密情報と同様に「秘密情報」として扱い、厳重に管理することが一般的です。
コピー・複製の制限の記載例 |
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秘密情報等を複製する場合には、本取引の目的の範囲内に限って行うものとし、その複製物は、原本と同等の保管、管理をする。また、複製物を作成した場合には、複製の時期、複製された記録媒体又は物件の名称を別紙のとおり記録し、相手方の求めに応じて、当該記録を開示する。 |
情報漏えい時の対処|万が一、秘密情報が漏えいした場合にどう対処するか
次に、秘密情報が漏えいや不正に利用された場合に、どのような対応を取るか定めます。
速やかに開示元へ報告する義務を明記するのが一般的です。
情報漏えい時の対処の記載例 |
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漏えい、紛失、盗難、盗用等の事態が発生し、又はそのおそれがあることを知った場合は、直ちにその旨を相手方に書面をもって通知する。 |
契約の有効期間|秘密保持義務を負う期間
次に、秘密保持契約の有効期間と、秘密保持義務を負う期間(残存条項)をそれぞれ定めます。
契約が終了しても、秘密情報の価値がすぐには失われません。
そのため、契約終了後1〜5年程度、秘密保持義務が存続するよう規定するのが一般的です。
具体的な期間については、情報の性質や重要性に応じて柔軟に設定しましょう。
契約の有効期間の記載例 |
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本契約の有効期間は、本契約締結日から◯年間とする。 前項の規定にかかわらず、本契約の終了後であっても、本条、第◯条、第◯条及び第◯条の規定は、引き続き◯年間効力を有する。 |
損害賠償|契約違反が発生した場合に、どう損害の回復を求めるか
次に、契約違反によるトラブルに備えて、違反があった場合の損害賠償請求に関する条項を定めます。
契約書には抽象的な表現を用いるのが一般的ですが、実際に賠償を請求するには、違反行為の事実と損害額を立証する必要がある点に注意が必要です。
損害賠償の記載例 |
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甲若しくは乙、甲若しくは乙の従業員若しくは元従業員が相手方の秘密情報等を開示するなど本契約の条項に違反した場合には、甲又は乙は、相手方が必要と認める措置を直ちに講ずるとともに、相手方に生じた損害を賠償しなければならない。 |
秘密情報の返還・廃棄|返還・廃棄方法と報告の義務を規定
契約が終了したあとも秘密情報が手元に残っていると、情報漏えいのリスクが続きます。
そのため、契約終了後の秘密情報の返還や廃棄の方法、処理後の報告義務を定めておきましょう。
たとえば、紙の資料は返却する、データは完全に消去する、証拠として報告書を提出するといった内容を盛り込みます。
秘密情報の返還・廃棄の記載例 |
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本契約に基づき相手方から開示を受けた秘密情報を含む記録媒体、物件及びその複製物(以下「記録媒体等」という。)は、不要となった場合又は相手方の請求がある場合には、直ちに相手方に返還するものとする。 前項に定める場合において、秘密情報が自己の記録媒体等に含まれているときは、当該秘密情報を消去するとともに、消去した旨(自己の記録媒体等に秘密情報が含まれていないときは、その旨)を相手方に書面にて報告するものとする。 |
準拠法・管轄裁判所
最後に、契約に関するトラブルが発生した場合、どの国の法律に従い、どの裁判所で解決するか定めます。
とくに、海外企業との契約や契約当事者の所在地が異なる場合には重要です。
のちの紛争を円滑に処理するためにも、事前に認識を合わせておくべきでしょう。
準拠法・管轄裁判所の記載例 |
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本契約に関する紛争については、日本国法を準拠法とし、○○地方(簡易)裁判所を第一審の専属合意管轄裁判所とする。 |
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秘密保持契約書(NDA)の基本となるひな形はある?
NDAのひな形としては、経済産業省が発行する「秘密情報の保護ハンドブック」内に掲載された「第4 業務提携・業務委託等の事前検討・交渉段階における秘密保持契約書の例」が活用されることが多いです。
また、以下の記事でも秘密保持契約書の雛形と、条文ごとのポイントをわかりやすく解説しているので、合わせて参考にしてください。
【関連記事】機密保持契約書(NDA)の雛形とテンプレ|契約書に規定すべき内容もわかりやすく解説
ただし、上記のひな形はあくまで参考例のひとつにすぎません。
実際の契約書を作成する際には、以下のような要素を踏まえて、自社の実情に即したカスタマイズが必要です。
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契約が形骸化しないよう、現場で運用可能な内容になっているかも意識しましょう。
秘密保持契約(NDA)締結の流れ
秘密保持契約は、次のような手順で進むのが一般的です。
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それぞれの手順について、詳しく見ていきましょう。
1. 契約内容の協議
まず、秘密情報の定義や範囲、秘密保持義務を負う対象者など、契約の主要なポイントを当事者同士で話し合います。
双方の意見や目的をすり合わせ、基本的な方向性を確認することが重要です。
2. 契約書のひな形作成
内容が決まったら、当事者のいずれかが契約書の原案を作成します。
情報を提供する側がひな形を用意したほうが、その後の調整もスムーズに進みやすいでしょう。
3. 内容の確認と修正
契約書のひな型ができたら、相手方と内容を調整します。
どちらかが不利な状況になることがないよう、必要に応じて複数回にわたり協議・修正を重ねながら、最終的な合意内容を確定させます。
4. 契約書の作成
双方が契約内容に合意すれば、正式な契約書を作成します。
5. 双方が署名・押印
契約書を印刷後、双方が契約書に署名(記名)、押印をすることで契約書の作成が完成します(契約の成立は合意のみで成立します。)。
押印には実印を用いるのが望ましいものの、認印で差し支えないケースもあります。
「秘密保持契約(NDA)は意味がない」と言われることがあるのはなぜ?
ビジネスにおいて、秘密保持契約は非常に多くの場面で締結されていますが、「秘密保持契約は意味がない」と言われることもあります。
ここからは、「NDAは意味がない」と言われる背景を踏まえつつ、秘密保持契約が果たす役割や、実効性を持たせるための工夫について解説します。
秘密保持契約(NDA)にもとづいて企業間で紛争になる事例が少ない
「秘密保持契約に意味はない」と言われるようになった背景には、秘密保持契約について裁判で争われた判例が非常に少ないという現状が影響していると考えられます。
秘密保持契約が訴訟に発展しにくい理由としては、以下のような点が挙げられます。
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なお、実務上では、秘密情報を不正競争防止法上の「営業秘密」に該当させるために秘密保持契約を結ぶケースも多いです。
営業秘密として認められると、以下のような法的な保護を受けられる可能性があります。
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相手との信頼関係を築くため、秘密保持契約(NDA)は意味がある
秘密保持契約の法的効力は限定的という指摘もありますが、それでもビジネスにおける重要なマナーであることは間違いありません。
現在では、情報やデータが企業の重要な資産となっており、適切な管理が企業の信頼性に直結します。
法的効力がどれほどあるかにかかわらず、情報を適切に取り扱う意識を示すことは、ビジネス上の信頼構築において非常に重要です。
たとえば、秘密保持契約の締結を求めない企業や、契約に対して消極的な対応を取る企業に対しては、「この会社は情報管理の意識が低いのではないか」と不安を感じるでしょう。
秘密保持契約の締結は、企業間の信頼構築のためのツールとしての価値もあるのです。
秘密保持契約(NDA)を実効性のあるものとするには?
秘密情報の保護するためには、秘密保持契約書の締結だけでは十分ではありません。
契約内容を実際の業務に反映させ、運用面でも有効に機能させることが重要です。
まず、自社内での秘密情報の管理体制を整備し、定期的に見直す必要があります。
たとえば、以下のような取り組みが有効です。
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また、従業員一人ひとりが秘密保持契約や情報管理の重要性を理解していなければ、契約が形骸化してしまうおそれがあります。
社内研修や定期的な周知を通じて、秘密情報の範囲や取扱いに関する共通認識を醸成しましょう。
もし社内だけで対応するのが難しいと感じたら、弁護士への相談も検討してください。
さいごに|秘密保持契約(NDA)を締結する際は弁護士に相談を!
秘密保持契約は、秘密情報を保護するだけでなく、取引先との信頼関係を築くうえでも非常に重要な役割を果たします。
ひな形を活用するのもひとつの手段ですが、実際には自社の業務内容や情報の性質に応じた調整が必要であり、簡単に作成できるものではありません。
そのため、契約書の作成や交渉を進める際には、専門的な知識を持つ弁護士への相談がおすすめです。
弁護士に依頼すれば、契約内容が情報漏えいリスクに対応できているか法的な観点から確認してもらえます。
相手方から修正提案があった場合にも、妥当性を判断したうえで適切な再提案をおこなってくれるでしょう。
なお、「企業法務弁護士ナビ」を利用すれば、秘密保持契約を含む「契約・取引」分野を得意とする弁護士を簡単に探せます。
「業種」や「所在地」などの条件を組み合わせて検索できるため、自社のニーズに合った弁護士が見つかるでしょう。
NDAについて相談する弁護士が見つかっていない方は、ぜひ活用してください。
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