伝統ある老舗の食品製造業でも、時代に合わせた販売・新商品開発をしていかなければ、経営が傾いてしまうこともあり得ます。2018年では、食品を含む製造業の倒産件数は1,014件で前年と比べて2.59%減少しているものの、あまりよい状況とは言えません(参考:全国企業倒産状況)。
「最近、経営が不安…」「後継者がいない…」このような悩みを感じた人は、できるだけ早い段階で弁護士への相談がベストです。今回は、実際にあった食品業界の破産事例をもとに、破産する前に考えるべき解決策や具体的な流れ等を金子博人法律事務所の金子博人弁護士に執筆していただきました。
事例1:伝統ある老舗の破産した事例
金沢の伝統ある製菓会社が、2018年3月9日に金沢地裁より破産開始決定を受け、約7,000万円の負債を清算しました。
本店と併せて3店舗あり、絶頂期には5億円の売り上げをだしたものの、周囲との競争が激化するとともに、売り上げが2,660万円(同年12月)まで低下しました。今後の見通しが立たないことから自己破産を決定しました。 |
この事例は、「伝統ある製菓会社」という点がポイントです。このブランドは、地域では周知はずで、商標や意匠で保護されているはずですので、最低1億円くらいの価値があると考えられます。
そのため、負債総額が1億円以下での破産というのは、いかにも残念な結果です。
破産する前に考えたい「企業再生」
この事例は破産でなく、企業再生を考えたいケースといえるでしょう。再生をするためには、まず買収(M&A)をしてくれるスポンサーを探す必要があります。
再生の方向として提案できるのは、まず当該会社のブランドを活用して、「銘菓をインターネットで広く販売する」ことです。そのためには、食品・食材等をネット販売している業者がスポンサー候補でしょう。自らプラットフォームを展開している業者ならベストです。
また、日本食ブームで食品、食材を海外展開(米国、ヨーロッパ、中国等)している業者も候補になります。和菓子は、日本食とセットで十分に需要があるし、洋食のコースのデザートにも需要があるそうです。
製造は、従来の銘菓の他に、伝統製法を生かしながら、時代にあった新製品を開発する必要があります。従来の銘菓だけでは、マーケットに限界があるからです。従って、再生の要は技術をもった職人が散逸しないよう注意することです。従来の経営者が、経営に一角にとどまることも必要でしょう。
早めの相談が企業再建のカギ
経営者として最も大事なことは、事業に息詰まった場合、早めに再建策を専門家に相談することです。事態が深刻化していなければ、M&Aの買い手を捜すだけで解決することもあり得ます。場合によっては、買収だけでなく、提携で事態を打開でくるかもしれません。
もし事態が悪化してもいても、銀行借入の返済をストップするだけで当面を切り抜けられれば、特定調停を申し立て銀行借入の支払いだけを免除してもらった上で、スポンサーの力を借りて再建を目指すことも可能です。
取引先の支払いもできないとなっていれば、民事再生の申し立てをして、スポンサーの支援を前提にした再生計画を立案し、債権者に承諾してもらうことになります。
それでも駄目な場合、はじめて破産を考えることとなります。
経営者は、経営に息詰まった場合、すぐに専門の法律事務所(M&Aの買い手も探索できるノウハウのあることが必須)に再建策を相談することです。その時期が速ければ早いほど、再建の選択肢は多くなるでしょう。
相談の際は最低限、過去三期分の確定申告書(決算書部含む)を持参してください。
事例2:老舗醸造店が破産した事例
250年以上もの歴史を誇る秋田県の醸造会社が、2018年11月2日に秋田地裁より破産開始決定を受け、約7,400万円の負債を清算しました。
絶頂期には約10億円もの売り上げを記録し、酒類の卸売りなども手掛けていました。しかし、日本酒市場の縮小などのあおりを受け、2017年9月には約2,800万円まで売上が低下。財務状況の好転が見込めないことを理由に、自己破産を決定しました。 |
相応の知名度を持つ清酒のブランドを抱えたまま破産というのは実に残念です。早めに専門の弁護士に相談すれば、さまざまな選択肢があったでしょう。
老舗であるというブランドとそこが醸造する清酒のブランドは、それだけで1億くらいの価値はつくものと考えられます。破産ではそれが台無しです。
破産する前に考えるべき具体的な解決策
事例を見ると1994年9月に売上高が9億8,481万円あったのに、2017年9月期には2,800万円へと急減していることが分かります。競争激化と、日本酒離れのなかで、新たな販路を獲得できなかったのでしょう。
そもそもメーカーが販路を開拓するのは容易ではありません。競争が激化したときは、「自前主義」で解決するという発想では無理でしょう。市場の変化が激しいときは、競争力のあるところと提携するか、M&Aで競争力を確保することが重要です。
老舗は、旧習を墨守しようとしがちですが、それでは生きていくのは厳しいでしょう。借入過多になった場合、まず販売力あるスポンサーを確保した上で特定調停を申し立てます。その後の具体的な解決策として、債権の2~3割をスポンサーの出資により一括返済し、残額を債権カットしてもらうなどの解決があり得ます。
民事再生の申立ては慎重な判断が必要
民事再生の申し立てでは、取引先を巻き込み倒産扱いになるので、極力避けるべきでしょう。ただ、取引先の支払いも一旦ストップしなければデフォルト状態まで戻れないほど追い込まれている場合、民事再生もやむを得ないかと思います。
しかし、この規模でも民事再生となれば、予納金や弁護士費用で最低500万円以上のキャッシュが必要です。それができないと、民事再生の申し立てもできず、破産しか選択肢がないことになります。
この場合注意すべきは、個人保証です。特定調停や民事再生で会社に関しては解決しても、個人保証は全額残ります。個人だけは破産の申し立てをする例も多いが、スポンサーの支援のもと、個人についても、特定調停を申し立てることも検討すべきでしょう。
さらに、スポンサーが、金融機関から貸付債権を買い取るという手段もあります。金融機関が不良債権とみなした債権はサービサーを通じて安く買えるのです。会社再建の奥の手といえるでしょう。
これは、個人保証の解決のためにも効果的です。保証債権も付随し、個人保証はスポンサーとの交渉で処理できます。
早期の相談で、破産でもM&Aと同じ効果が得られる!
本件の破産事件では、負債総額7,390万円と多くはないので、資産をかなり売却してしまったと思われるが、職人がまだ残存していれば、清酒のブランドを破産管財人がそれを生かせられるところに売却し、そこで従業員も吸収してもらえれば、M&Aがなされたのと同じ成果が期待できます。
以上から明らかなとおり、企業の再建も早い時期に、その分野に精通した弁護士に相談すれば、様々な手段があり得るのです。
事例3:明治時代創業の菓子店が破産した事例
明治時代に創業した静岡県の製菓会社が、2017年10月2日に静岡地裁より破産開始決定を受け、約4億円の負債を清算しました。
絶頂期には8店舗まで経営拡大し、約6億円もの売り上げを記録しました。しかし、競合他社との競争が激化したことにより、2015年には約4億5,000万円に売り上げが低下。再建策を講じたものの採算性が向上しないことから、自己破産を決定しました。 |
当時例の老舗は、戦後洋菓子に転向し、多くの定番菓子を持っており、このようなブランド力あるところが、過当競争の中で倒産すというのは、不思議なことです。
不採算店の売却は当然であるが、根本的な原因は、時代に合った商品開発や販路開拓ができなかったのかと思います。もちろん、経営者は努力したと思われますが、自前主義に頼りすぎた結果かもしれません。
老舗ほど、新たな商品開発や販路開拓が苦手なことが多い傾向があります。過去の成功体験が邪魔するからです。
破産する前に検討すべき「業務提携」と「M&A」
売り上げが頭打ちとなった時、力のある時であれば、自ら販売力あるところ、あるいは相乗効果が得られそうなな商品を有するところを買収することが効果的です。
昨今では、趣味の多様化で販売方法も多様化しており、全国展開している地方の銘菓は多く、ネット販売も可能です。海外でも、日本の洋菓子は高い評価を得ています。ただ、菓子メーカーには、それができる販売力がないところが多いため、販売力のあるところと業務提携かM&Aで、販売力を強化すべきでしょう。
既に体力が不十分となっていれば、スポンサーを見つけ、資本投下をしてもらうことを考えるべきです。M&Aは、会社再建の切り札といえます。
債務過剰でも破産以外の道がある
時期に遅れ、債務過剰となっても破産ではなく、特定調停や民事再生の申し立てを考えることができます。ただし、このような場合でも、事例2のように費用等が必要になるので、支払えない場合は破産を選択することになるでしょう。
また、個人保証についても事例2と同様に注意しなければなりません。
経済的な不安を感じたらすぐに相談を!
本件の破産事件では、職人がまだ残存していれば、ブランドを破産管財人がそれを生かせられるところに売却し、そこで従業員も吸収してもらえれば、M&Aがなされたのと同じ成果が期待できます。
以上から明らかなとおり、企業の再建も、より早い時期に、その分野に精通した弁護士に相談すれば、様々な手段があり得るでしょう。