横領を理由に解雇することは可能?判断のポイントや手続きの流れを解説

専門家監修記事
従業員が横領を行った場合、会社は「従業員を解雇するか否か」を考える必要があります。なかには、解雇処分が不適切と判断されて無効になる場合もあるため、ケースごとに取るべき対応は異なります。この記事では、横領を行った従業員への解雇判断に関するポイントを解説します。
弁護士法人プラム綜合法律事務所
梅澤 康二
監修記事
人事・労務

横領を行った従業員について、会社は解雇(懲戒解雇)損害賠償請求刑事告訴などの観点から責任追及を行うのが一般的です。横領は刑事罰の対象になる悪質な行為であり、たとえ横領した金額が数万円ほどであっても、解雇処分が有効となるケースもあります。

 

ただし、場合によっては解雇処分を下した元従業員によって裁判を起こされ、裁判所で解雇の効力が否定されることもあります。会社は従業員を解雇する際、「合理的な理由があるか」「解雇することが社会通念上相当といえるか」などの点に注意する必要があるでしょう。

 

この記事では、横領を行った従業員に対して「解雇するかしないか」を判断するポイントや解雇手続きの流れ、判例などを解説します。

【アンケートに答えて無料モニター応募!】2022年4月施行のパワハラ防止法についてのアンケートにご回答いただいた企業様へ、抽選で「パワハラ防止法対策ツール(当社新サービス)」の無料モニターへご案内させていただきます。アンケートはこちら

横領による解雇の有効性を判断するポイント

「横領による解雇の有効性はどれほどか」を判断するためには、さまざまな事情を考慮する必要がありますが、最低限以下の4点は知っておくべきでしょう。

平等の原則

平等の原則とは、「同規定に同程度違反した際の処罰については、同一程度・同一種類でなければならない」という原則です。

 

横領を理由に解雇する場合、過去に起きた同種の事例の処分と、明らかに均衡を失しているという場合には、解雇の効力が否定されやすくなります(ただ、事案の内容やそのときの社会情勢もありますので、これも絶対ではありません)。

適正手続きの原則

適正手続きの原則とは、「処分を下す際は、弁明の機会を与えるなどして、適正に手続きを進めなければならない」という原則です。ただ、これも絶対的なものではなく、弁明の機会を与える必要がないほど事実関係が明白であれば、これを与えないことも許される場合があります。

 

横領を理由に解雇する場合の手続きの流れについては、「横領を理由に解雇する際の流れ」で解説します。

相当性の原則

相当性の原則とは、「処分を下す際は、該当行為の種類や悪質性、経緯や情状などを考慮した上で判断しなければならない」という原則です。

 

例えば、横領を理由に解雇する場合であれば、横領の金額、期間、労働者の地位、これまでの勤怠状況、処分歴、横領により会社に与えた影響など、諸般の事情を総合的に考慮する必要があります。

罪刑法定主義

罪刑法定主義とは、「ある行為について処罰を下す際は、『処罰の対象となる行為の内容』や『処罰の内容』などについて、あらかじめ就業規則に記載しておかなければならない」という原則です。元々は刑事手続での原則ですが、民事手続でも問題となり得ることがあります。

 

例えば、横領を理由に懲戒解雇する場合、一般的には懲戒事由があらかじめ雇用契約や就業規則で規定されている必要があります。ただ、普通解雇の場合は必ずしもこれが明記されている必要はありません。

横領を理由に解雇する際の流れ

ここでは、横領を理由に解雇する際の手続きの流れを解説します。

横領行為・横領金額の調査

発注書領収書契約書送金伝票などの横領に関係する書類を集めて、「横領日時」「横領金額」などについて明らかにする必要があります。また、横領を行ったとみられる従業員について、「横領日時にどのような行動を取っていたか」という点も調査しておくべきでしょう。

就業規則内の懲戒解雇に関する規定の確認

就業規則にて、「横領行為は、懲戒事由のどれに該当しているのか」「懲戒解雇する際はどのような手続きを取るのか」などを確認します。

 

もし横領行為が懲戒事由のどれにも該当しない場合、懲戒解雇は難しいかもしれません。しかし、この場合でも普通解雇は可能です。懲戒解雇と普通解雇は似て非なるものですので、両者の違いには留意してください。

従業員への事情聴取

横領に関係する書類と照らし合わせながら、従業員に事情聴取を行い、横領の事実について弁解の機会を与えます(具体的には横領行為の有無、動機、日時、金額、使徒等です)。ただ、客観的証拠から、これらが概ね明らかということであれば、敢えて弁明の機会を与えなくてもよいこともあります。

支払誓約書の受け取り

支払誓約書は、横領の事実・金額などについて認めたことを示す証拠書類となるため、なるべく従業員に作成してもらったほうがよいでしょう。一例として、以下のような形式で作成します。

 

東京都新宿区○○

株式会社 ○○

代表取締役 匿名アシロ 殿

 

支払誓約書

 

私は、貴社の金銭を横領した事実について、下記の通り認めます。

 

 

平成○○年○月○日、不正な経理操作を行い、○○○○万円を横領した。

 

 

 貴社からは弁明の機会をいただきましたが、弁明すべきことはありません。

 以下の3点について確約いたします。

 

1 上記金員について、貴社に返済いたします。

2 横領金額は上記ですべてであり、ほかに隠している横領は存在しません。

3 私の横領に関連するトラブルが発生した場合は、貴社に協力してトラブル解決に動きます。

 

以上

 

平成○○年○月○日

住所 東京都新宿区○○

氏名  匿名太郎   印

 

懲戒解雇通知書の作成・交付

懲戒解雇通知書は、解雇事実・理由を証明する書類です。「横領日時」「横領金額」「横領手口」などについて記載した上で本人に交付し、雇用関係を終了することを伝えます。一例として、以下のような形式で作成します。

 

平成○○年○月○日

○○部○○課

匿名太郎 殿

東京都新宿区○○

株式会社 ○○

代表取締役 匿名アシロ

懲戒解雇通知書

 

 

 

貴殿は、平成○○年○月○日に不正な経理操作を行い、金○○○○万円を横領した。

これは当社就業規則第○条○号に該当する違反行為である。

よって、同規則第○条○号に基づき、貴殿を平成○○年○月○日付で懲戒解雇とする。

 

 

以上

 

 

横領による解雇の判例

横領を行って解雇された元従業員のなかには、解雇処分を不服として、会社に対して裁判を起こしたケースもあります。ここでは、横領による解雇の判例について、解雇処分を無効としたケース・有効としたケースそれぞれを紹介します。

解雇を無効としたケース

光輪モータース事件(2006年2月東京地裁の判決)

A社の従業員であった原告が、通勤経路を変更したことを届け出ず、不正に通勤手当を受給したことを理由にA社から解雇処分が下されたことについて、処分の無効を主張した事件です。

 

裁判所は、「原告の対応は不誠実ではあるものの、解雇処分を下すほど悪質とは言いがたく、A社による処分は権利濫用と評価できる」として、解雇処分について無効との判断を下しました。

裁判年月日 平成18年 2月 7日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決

事件番号 平17(ワ)1031号

事件名 地位確認等請求事件 〔光輪モータース事件〕

裁判結果 一部認容、一部棄却

参考元:文献番号2006WLJPCA02076003

京王電鉄府中営業所事件(2003年6月東京地裁の判決)

A社の従業員であった原告が、事故処理業務の際に不正に経理操作を働き、現金を横領したことを理由にA社から解雇処分が下されたことについて、処分の無効を主張した事件です。

 

裁判所は、「原告による犯行は、業務要領を把握していなかったことにより生じたものであり、十分な動機や計画性はみられず、解雇処分を下すほどのものとは言えない」として、解雇処分について無効との判断を下しました。

裁判年月日 平成15年 6月 9日 裁判所名 東京地裁八王子支部 裁判区分 判決

事件番号 平12(ワ)1206号

事件名 労働契約上の権利の確認等請求事件 〔京王電鉄府中営業所事件・第一審〕

裁判結果 一部認容、一部却下、一部棄却 上訴等 控訴

参考元:文献番号2003WLJPCA06096001

解雇を有効としたケース

ジェイティービー事件(2005年2月札幌地裁の判決)

A社の従業員であった原告が、出向先にて不正に出張旅費を受給したことを理由にA社から解雇処分が下されたことについて、処分の無効を主張した事件です。

 

裁判所は、「原告による犯行は、意図的に複数回行われており、反省の様子もうかがえない悪質なものと言えるため、A社による処分は権利濫用と評価できない」として、解雇処分について有効との判断を下しました。

裁判年月日 平成17年 2月 9日 裁判所名 札幌地裁 裁判区分 判決

事件番号 平15(ワ)2540号

事件名 解雇無効確認等請求事件 〔ジェイティービー事件〕

裁判結果 棄却

参考元:文献番号2005WLJPCA02096002

ダイエー事件(1998年1月大阪地裁の判決)

A社の従業員であった原告が、出向先にて領収書の改ざんを行い、経費を水増し請求したことを理由にA社から解雇処分が下されたことについて、処分の無効を主張した事件です。

 

裁判所は、「原告による犯行は、出向先で要職を務めている間に起きたものであり、背信性は高いと判断できる上に、過去同種の処分例から判断しても、A社による処分は権利濫用と評価できない」として、解雇処分について有効との判断を下しました。

裁判年月日 平成10年 1月28日 裁判所名 大阪地裁 裁判区分 判決

事件番号 平8(ワ)5177号

事件名 地位確認等請求事件 〔ダイエー(朝日セキュリティーシステムズ)事件・第一審〕

裁判結果 棄却 上訴等 控訴

参考元:文献番号1998WLJPCA01286008

横領による解雇の問題解決には弁護士への相談がおすすめ

解雇判断に合理的な理由がない場合や、解雇手続きが適正に行われていない場合などは、解雇処分が無効となるだけでなく、逆に会社が訴えられる可能性もあります。適切に対応できるか不安な場合は、弁護士に依頼したほうがよいでしょう。

 

弁護士であれば、現時点で抱えている問題への対処だけでなく、今後同じような横領被害が起こらないよう、予防策の作成に関するアドバイスなどもしてくれることが期待できます。

 

また、横領による被害金を取り返すための手段として、損害賠償請求があります。原則、横領のように故意に違法行為があった場合、被害金のすべてを損害賠償請求することが可能です。損害賠償請求を行う場合についても、弁護士に依頼することでスムーズに手続きが進められるでしょう。

まとめ

横領を行った従業員に解雇処分を下す際は、「平等の原則」「適正手続きの原則」「相当性の原則」「罪刑法定主義」などをもとに、適切といえるかどうか判断する必要があります。

 

解雇の有効性を判断しきれない場合や、適正に解雇手続きを行うことができるか不安な場合などは、弁護士に相談して法的視点からのサポートを得ることをおすすめします。

次に読みたい、おすすめの関連記事

横領を行った従業員は「懲戒解雇」として解雇できる可能性があります。ただし、必ずではありません。まず、どのようなケースが該当するのか確認しましょう。

 

懲戒解雇できる6つの理由

ページトップ