会社の役員や従業員の仕事に対するモチベーションを向上させるため、ストックオプションが用いられているということは多くの方がご存じかと思います。
このストックオプションの新しい形態として近年注目されているのが、「信託型ストックオプション」です。信託型ストックオプションには従来型のストックオプションにはないメリットがあるため、一部の企業で実際に導入され、または導入が検討されています。
とはいえ、「信託」についてはあまりなじみのないという方も多いでしょう。
信託型ストックオプションを正しく理解するためには、前提として信託とは何かについて知っておく必要があります。
その上で、信託型ストックオプションとはどういう仕組みなのか、活用するメリットは何なのかということを順番に理解していきましょう。
この記事では、信託型ストックオプションについて、法律の専門的な観点から詳しく解説します。
信託型ストックオプションとは?従来型のストックオプションとの相違点
ここからは、信託型ストックオプションの詳しい内容について解説します。
信託型ストックオプションとは
会社の役員や従業員の仕事に対するモチベーションをアップさせるために利用されているストックオプションの一形態です。
ストックオプションは、会社法上は「新株予約権」と呼ばれています。
新株予約権を行使すると、あらかじめ定められた行使価格を払い込むことにより、会社の株式を取得することができます。仮に行使価格よりも株式の価値が上がった場合には、取得した株式を市場で売却することにより、キャピタルゲインを得られるというわけです。
上記は一般的なストックオプションの説明ですが、信託型ストックオプションの特徴は、まさに「信託」を利用しているという点にあります。
信託型ストックオプションの場合、制度を作る最初の段階で、会社が受託者に対してストックオプションをまとめて割り当てます。そして、あらかじめ定められたルールに従い、役員・従業員に対して受託者からストックオプションを交付する仕組みが取られています。
従来型のストックオプションとの違いは?
従来型のストックオプションは、会社から役員・従業員に対して直接新株予約権を発行する方式で付与されます。一方、信託型ストックオプションは信託によって間に受託者を介在させ、『会社→受託者→役員・従業員』という形でストックオプションを付与するという特徴があります。
このように受託者を介在させる理由は、従来型のストックオプションにおけるいくつかの問題点を法的に解決するためです。
そもそも「信託」とはなにか?基本的な概要について
信託型ストックオプションを理解する前提として、まずは「信託」に関する基本的な知識を押さえておきましょう。
登場人物は「委託者」「受託者」「受益者」
信託のスキームの登場人物は、「委託者」・「受託者」・「受益者」の3者です。
それぞれの立場と役割について、簡単に見ていきましょう。
①委託者
受託者に対して信託に従った行為を依頼する人です。
②受託者
委託者から信託に従った行為を依頼される人です。
受益者のために行動します。
③受益者
信託によって利益を受ける人です。
受託者が受益者のために「何かをする」のが信託
信託を設定する際には、信託の目的が必ず設定されます。たとえば、「財産を管理する」「一定のルールに従って受益者に対してお金を渡す」などが信託の目的に当たります。信託の目的は、違法・公序良俗違反などに当たらなければ何でもよく、自由に設定できます。
そして受託者は、信託の目的に沿って受益者のために行動する義務を負います。つまり、「受託者が受益者のために「何かをする」のが信託」と理解しておけば良いでしょう。
信託契約を締結して行う場合が多い
信託の方法には、以下の3通りがあります。
- 信託契約
- 遺言
- 信託宣言(自己信託)
特に企業などで信託が活用される場面では、委託者と受託者の間で信託契約を締結する方法により行われるのが通常です。
信託型ストックオプションの詳しい仕組みと導入までの8つの手順
さらに詳しい信託型ストックオプションの仕組みと、導入のための手順について解説します。
まず、信託型ストックオプションにおける関係者は、以下のとおりです。
- 委託者:会社の代表取締役など
- 受託者:信託会社など
- 受益者:ストックオプションを受け取る役員・従業員
- 発行会社:株式を発行する会社
次に、信託型ストックオプションの仕組みにおいて各関係者がどのように関係するのかを、導入の手順と併せて順に見ていきましょう。
①信託契約の締結
ストックオプションを管理する信託を設定するため、委託者受託者の間で信託契約を締結します。信託契約では、信託に関するルールが定められます。
ストックオプションの交付条件なども、この信託契約の中で定められることになります。
②委託者が受託者にストックオプションの取得資金を信託
信託型ストックオプションは、新株予約権を発行する際に払い込みを必要とする「有償型」のストックオプションです。
払い込みは、実際にストックオプションをまとめて引き受ける受託者が行う必要があります。払い込みの原資は、信託契約に基づき、委託者から受託者に対して信託されることになります。
③発行会社における新株予約権の発行決議
発行会社では、新株予約権を受託者に割り当てるため、新株予約権の発行決議のプロセスを経る必要があります。公開会社では、新株予約権の募集事項の決定は、取締役会決議によることが原則です(会社法240条1項)。
(公開会社における募集事項の決定の特則)
第二百四十条 第二百三十八条第三項各号に掲げる場合を除き、公開会社における同条第二項の規定の適用については、同項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。この場合においては、前条の規定は、適用しない。引用元:会社法240条
ただし、新株予約権を特に有利な価格で発行する場合には、株主総会特別決議(議決権の3分の2以上の賛成が必要)により募集事項を定める必要があります。なお、非公開会社の場合、新株予約権の募集事項の決定は、常に株主総会特別決議による必要があります。
④ストックオプション(新株予約権)の割当て
発行会社における発行決議が完了したら、定められた発行日において新株予約権の払い込み・発行が行われます。これ以降、受託者は信託によって引き受けたストックオプションを管理する立場となります。
⑤役員・従業員へのポイント付与
信託型ストックオプションでは、それぞれの役員・従業員がどれだけの新株予約権をもらえるかについて、ポイント制を採用しています。つまり、たくさんのポイントを付与された役員・従業員は、より多くの新株予約権を与えられるということです。
ポイント付与のルールは、信託契約において定められます。
どのような要素を重視してポイントを与えるかは会社によって異なりますが、一般的には以下のような要素が計算式に盛り込まれます。
- 地位
- 勤続年数
- 会社の業績(売上高、営業利益、株価など)
- 個人の貢献度
⑥信託受益権の付与
役員・従業員が獲得したポイントに応じて、信託受益権が与えられます。受益者の権利は「受益権割合に応じてストックオプションを受け取る」というものなので、より多くの受益権を与えられた役員・従業員が、より多くのストックオプションを受け取ることができます。
⑦ストックオプションの付与
信託契約に定められる交付要件(信託期間の満了など)を満たした場合、受益権割合に応じてストックオプションが付与されます。
⑧新株予約権の行使・株式の取得・市場での株式売却
最終的には、役員・従業員はストックオプションを行使して株式を取得し、市場で売却することによってキャピタルゲインを獲得します。
信託型ストックオプションで解決できる従来型にはないメリット
信託型ストックオプションには、上記の従来型ストックオプションの問題点を解決できるメリットがあります。
①最初にまとめて割り当てることで発行回数を抑えられる
信託型ストックオプションでは、信託によって受託者が最初にまとめてすべての新株予約権を引き受けます。これにより、信託期間中の新株予約権の発行は最初の1回だけで済むため、新株予約権の発行に関する手間やコストを削減することが可能です。
②ポイント制を採用して入社後の貢献を考慮
信託型ストックオプションでは、信託設定後に役員・従業員が獲得したポイントに応じて、新株予約権の割当て量が決定されます。
獲得するポイントには、勤続年数・会社の業績・個人の貢献度といった入社後の事情も考慮されるので、人事評価の内容をストックオプションの割当てに反映させることができます。
③当初の割当て時点での株価を基準に、一律で行使価格を決定できる
信託型ストックオプションの行使価格は、一律で最初の発行時点での株価を基準に決定されます。つまり、入社の時期によって行使価格が上下することがないため、ストックオプション行使時の株式希薄化を心配する必要が減ります。
④有償型のため税務上の取り扱いがシンプル
信託が信託型ストックオプションを引き受ける際には、金銭の払い込みが行われます(有償型ストックオプション)。有償型の場合、所得税などの課税は原則としてキャピタルゲインの発生時のみと、税務上の取り扱いがシンプルです。
そのため、税制上の制約を気にすることなく、比較的柔軟に制度設計を行うことができます。
信託型ストックオプションを活用する際の問題点・メリットとは?
従来型のストックオプションと比較した場合の、信託型ストックオプションを活用するメリットについて解説します。従来型のストックオプションは、以下のような問題点から、企業にとって使いにくい側面があります。
①付与する都度、新たに新株予約権の発行手続が必要
従来型のストックオプションは、個々の役員・従業員に対して直接付与されます。そのため、ストックオプションを付与したい役員・従業員が登場するたびに、その都度新株予約権の発行手続が必要となります。
ある程度の期間分についてはまとめて手続を行うとしても、手続の頻度が高くなってしまうことはやむを得ず、その分会社に手間とコストがかかってしまいます。
②ストックオプション付与後の貢献を考慮することができない
従来型のストックオプションは、発行の時点で付与の数量を決定しなければなりません。そのため、「予想以上の貢献をしてくれた」「思ったよりも貢献してくれなかった」などの事後的な評価を反映することができず、人事評価の仕組みとしては不都合な面があります。
③付与のタイミング(入社時期)が遅いほど1単位あたりのキャピタルゲインが減る
成長中の会社であれば、会社が発展するにつれて株価が上昇していきます。ストックオプションの行使価格は発行時点の株価を基準として決定されるため、付与のタイミング(入社時期)が遅いほど行使価格は高くなる傾向にあります。
そのため、ストックオプション1単位辺当たりのキャピタルゲインは、付与のタイミング(入社時期)が遅いほどに減ることになります。もし会社がある程度発展した後で、優秀な人材をストックオプションで正当に優遇・評価したいと考える場合には、大量のストックオプションを付与しなければなりません。
しかし、ストックオプションを行使された場合を考えると、株式の希薄化の問題が生じてしまいます。
④無償割当てであるため、税制適格要件に配慮する必要がある
従来型のストックオプションは、役員・従業員による払込を要することなく、無償で発行されます。
そのため、ストックオプションの付与時・権利行使時の課税を回避するため、税制適格ストックオプションの要件を満たすように設計する必要があります。しかし、税制適格ストックオプションの要件は複雑で厳しいため、会社にとって自由な制度設計をすることは困難です。
信託型ストックオプションを導入する際の注意点
信託型ストックオプションは、従来型のストックオプションに比べて多くの長所がある反面、デメリットや注意点も存在します。信託型ストックオプションの導入を検討する際には、以下の注意事項を踏まえた上で判断しましょう。
委託者(代表取締役等)が最初にまとまった金額を信託する必要がある
信託型ストックオプションでは、導入時に金銭をまとめて信託し、その金銭を用いて信託から発行会社への払い込みが行われます。
この払い込みの原資となる金銭は、代表取締役などの委託者となる人が準備する必要があります。
払い込みに必要となる金額は、新株予約権発行時点での新株予約権の価値と発行数によって決まります。そのため、信託型ストックオプションを導入する際には、自社の状況を見ながらどの程度の規模で制度を導入するのがよいか検討する必要があるでしょう。
なお、会社の株価が低いうちに信託型ストックオプションを導入しておけば、払い込みにかかる初期費用を抑えることができます。
今後の会社の成長を見越して信託型ストックオプションを導入したいと考える経営者の方は、早めの導入を検討してみる価値があるかもしれません。
企業法務型の弁護士事務所に制度設計の監修を依頼する必要がある
信託型ストックオプションは、信託を利用した複雑なスキームを前提に成り立っています。そのため、特に法律・契約の面から、以下のような点が問題になります。
- 信託の法的な有効性
- 信託契約の内容の妥当性
- 会社法上必要な手続が適切に行われているかどうか
- ポイントプログラムの内容に矛盾や問題はないか
これらの点に関しては、企業法務型の弁護士事務所のリーガルチェックを経ることが必須といえます。なお、企業法務型の弁護士事務所は報酬をタイムチャージ制(1時間当たり○万円など)としているのが通常ですが、最初に予算を伝えておけば上限を設定してもらえる場合もあります。
信託型ストックオプションの制度設計監修を弁護士に依頼すべき理由
以下の理由から、他企業での信託型ストックオプションの導入を監修した実績のある弁護士事務所に依頼することをおすすめします。
信託型ストックオプションの実務に関する理解が深い
信託型ストックオプションの導入を法的に深く検討した経験があるため、実務上どのあたりがポイントとなるかについてよく理解している可能性が高いといえます。
焼き直しのためコストを抑えることが可能
他企業での監修経験があれば、先例の経験をある程度流用することもできるため、結果的に作業時間・報酬を抑えられる可能性があります。
明確な見積りを取りやすい
企業における信託型ストックオプションの導入監修業務について、どの程度の時間を必要とするかの大まかな目安を把握しているため、明確な見積りを取りやすいといえます。
アドバイザーへの依頼費用や信託報酬もかかる
信託型ストックオプションの導入には、弁護士だけでなく、その他の専門家に対する依頼費用も必要となります。たとえば新株予約権の評価については公認会計士のサポートが必要ですし、ストックオプションの税務処理をチェックするためには、税理士のサポートも必要です。
また、信託契約に基づく受託者に対する信託報酬の支払も発生します。これらの費用がかかることも踏まえた上で、導入にあたっての予算を作成しましょう。
信託型ストックオプションの活用事例
信託型ストックオプションが、具体的にどのような場面で活用できるのかについて、事例の一部を紹介します。
新規加入役員に対するインセンティブ
役員クラスの人材を迎える際には、人材市場における他企業との競争も考慮して、ある程度の好条件を提示する必要があります。
しかし、高額の月給や年俸を提示すると会社のキャッシュフローへの影響が大きくなってしまいます。
そのため、新規加入役員の高待遇を確保しつつ、会社のキャッシュフローへの影響を抑える目的で信託型ストックオプションが利用されることがあります。
重要な従業員に対するインセンティブ
自社にとって重要な従業員に対して、信託型ストックオプションを利用してインセンティブを付与することも考えられます。従業員にとっては、待遇が上がると同時に会社の業績に直接の利害関係が生じるため、会社に対する貢献意欲がますます高まることが期待されます。
外部協力者に対するインセンティブ
従来型のストックオプションは、税制適格要件との関係で外部協力者への割当てが事実上できませんが、信託型ストックオプションにはそのような制約がありません。そのため、外部協力者に対する報酬・インセンティブとして信託型ストックオプションが活用される場合もあります。
まとめ
信託型ストックオプションの導入にはある程度の初期費用がかかりますが、中期的に見れば、ストックオプションに関する事務処理の手間・コストを抑えることができます。また、適切にポイントプログラムを設計すれば、人事評価の観点からも使いやすい制度といえるでしょう。
企業経営者の方は、この機会に弁護士の監修を受けて、信託型ストックオプションの導入を検討してみてはいかがでしょうか。