会社を立ち上げる際に必要となるものは様々ですが、最も初歩的なものといえば「オフィス」ではないでしょうか。
近年オフィスのない会社も増えていますが、大きくなればなるほど、必要性は高まります。
そんなオフィスですが、事業規模の拡大や縮小となる場合、移転することになります。
賃貸物件の場合、経営者を悩ませることになるのが、その費用です。
当然賃貸物件ですから、原状回復をしたうえで退去しなければなりません。
しかし、多くの社員を抱えれば抱えるほど、汚れはひどくなりますし、借りている期間が長くなればなるほど、不具合や故障箇所なども出てきます。
経営者としては原状回復費用を1円でも安く済ませたいものです。
減額するためにはどうしたらいいのでしょうか?
六甲法律事務所の松田昌明弁護士にお話を伺いました。
オフィス退去時の原状回復費は減額できますか?
松田弁護士:
貸していたオフィスを返還する時には、借主は、賃貸借契約の内容に基づき、原状回復義務を負います。
ただし、この義務は、決して借りた当時の状態に完全に戻さなければいけないものではありません。
新築ビルの設備を使って使用感がでてきたからといって、設備を新品に戻さなければいけないわけではないのです。
つまり、借りていた期間、通常の利用方法で使用していたことにともなう損耗(これを「通常損耗」と言います)については、許され、全て元に戻す義務まではないのです。
令和2年4月1日に改正民法が施行されましたが、この改正前の民法では、このような「通常損耗」の扱いについて、法律上明記されていませんでした。
ただ、実務的には、裁判例や「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(国土交通省)によってルールが作られ、通常損耗は貸主が負担すべきと扱われてきました。
改正民法では、「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ)」(改正民法621条)を原状に服する義務を負うと規定され、「通常損耗」は借主の原状回復義務の対象に含まれないことが法律上も明記されました。
なお、令和2年3月31日までに締結された賃貸借契約は改正前の民法が適用され、同年4月1日以降に締結された賃貸借契約には改正民法が適用されます。
そして、この「通常損耗」の具体的な範囲については、国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が大変参考になりますので、チェックしてみてください。
ここまでが法的な原状回復義務のルールです。
これに対して、この法律上のルールを変え、「通常損耗」の負担をも借主に負わせる特約がなされることがあります。
賃貸借契約の条項にこのような特約がある場合、その有効性が問題となります。
特約が有効かどうかは、借主が負担すべき通常損耗の範囲が契約上明確にされて締結されたかどうかで決まります。
ただ、事業用建物の場合、一般住宅よりも明確な程度が緩やかに解され、有効と解釈されやすいので契約時から注意しましょう。
このような観点で、貸主から原状回復費用を請求された場合には、まずは賃貸借契約書上、「通常損耗」の回復を借主が負担する条項があるかどうかを確認しましょう。
その上で、条項があっても範囲が不明確であればその有効性を争う余地があります。
特約がなければ、貸主から指摘された項目を確認し、通常使用にともなう損耗は負担する必要がないことを指摘しましょう。
特に、貸主側からすれば、次の借主のために壁紙の交換や清掃をしたいかもしれませんが、これらの費用は特約がなければ必ずしも借主が負担すべきものとは限りません。
原状回復費を請求された場合の対処法と注意点
場合によっては減額できる余地があるとのことでしたが、どのように対応すべきなのでしょうか。
六甲法律事務所の松田昌明弁護士に、減額するための方法や気をつけることについて聞いてみました。
松田弁護士:
実際に、貸主から原状回復費用の請求をされた場合、それが口頭や総額のみの通知であれば、まずは業者による見積書などの客観的な資料を要求しましょう。
その上で、請求書・見積書の各項目の内容と金額を確認してください。
項目を見て、どの部分のどのような費用かがよく分からない場合には、まずはインターネット等で調べてみるのも1つです。
必要に応じて、いったん貸主側に説明を求めてもいいでしょう。
詳細が確認できたら、その妥当性を検討します。
疑問があり、金額が大きい場合には、こちらでも修繕工事業者を手配し、見積書の作成を依頼することも有効です。
また、そもそも明け渡す前に現状を写真等で記録しておくべきでしょう。
ただ、減額交渉に当たって、注意すべきは、敷金(保証金)を預けており、原状回復費用に争いが生じた場合、貸主側は自分の主張をもとに充当して返還を拒否します。
つまり、こちらが費用を支払わなければいいという問題ではなく、あくまでもこちらから差額分の返還を請求しなければならないことになります。
この点は意識した上で、粘り強く交渉する必要があるでしょう。
オフィスの原状回復費を減額したいなら弁護士に相談してみよう
オフィスの移転は大掛かりなもので、多額の費用が必要になるだけに、経営者として「1円でも安く」と考えるのは当然です。
松田弁護士のアドバイスを参考にしつつ検討し、それでも不明な場合はお近くの弁護士に相談することをおすすめします。