日本の経済を支えてきた中小企業の経営者も高齢化しつつあり、若い世代へ事業のバトンを渡す時期を迎えつつあります。事業承継とは、会社の事業を後継者に引き継いでもらうことを指します。事業承継を行うことで、自らが築いた会社を後世につなげることができるのです。
この事業承継は、現役の経営者や、その周囲の人たちが積極的に取り組んでいるテーマだとは、まだまだいえないのが実情です。なぜなら後継者問題を遠い未来の話だと考え、現時点では自分たちに無関係な事柄だと思ってしまうからです。
しかし、将来的には事業承継は、どの企業であっても避けることができない問題です。ですので、経営者が元気なうちに事業承継について考える必要があるのです。
事業承継の4つの手段|それぞれのメリット・デメリット
事業承継には、
- M&A
- 親族内承継
- 自社株式売買による事業承継
- 信託による事業承継
上記の4つの方法が存在します。それぞれ特徴が異なり、メリット・デメリットがあります。 以下では、それぞれの方法について説明していきます。
M&Aによる事業承継
M&Aとは、「Mergers and Acquisition」の略であり、日本語では合併と買収を意味します。M&Aと聞くと、大企業や上場企業などの間で起こるものと考えがちですが、近年では中小企業間でも増加する傾向が見られます。
候補者を広く外部から募ることができるため、親族内での後継者問題で悩んでいる経営者などにとっては有効な手段といえます。M&Aでは、株式譲渡や事業譲渡などが代表的な手法として挙げられます。
株式譲渡
株式譲渡とは、売手側の会社の株主が、買受け先の企業に、保有する株式を譲渡する取引行為のことを言います。この手法を取れば、会社の事業はそのまま継続して行い、単純に株主のみが入れ替わることが可能になります。
メリット
- 株式譲渡は単純に『株式の譲渡』を行う取引行為であるため、複雑な手続きを必要としない
- 単純に株主が入れ替わるだけなので、債権者や従業員の同意が不要で、会社の事業はそのまま継続される
- 権利関係の複雑な問題が生じない
- オーナーは、譲渡した株式の対価として現金を直接入手できる
デメリット
- 株式が分散している場合は、株式譲渡によるM&Aは成功しにくい
- 買手側にとっては、会社の債務・契約関係についてもすべて引き継ぐことになるため、一定のリスクを背負うことになる
事業譲渡(一部)
事業譲渡とは、会社の一部の事業をほかの会社に譲渡する行為のことを言います。ここで扱う『事業』とは、単に会社が持つ有体財産のみならず、人材やノウハウ・無形財産・取引関係・従業員の事業組織など、あらゆる財産を含んだものを指します(参考:会社法467条)。
メリット
- 買手側にとっては、会社の優良部門のみを譲り受けることも可能
- 引き受ける債務を選択することができるため、簿外債務を引き継がないことも可能
- 売手側は残したい事業や資産を譲渡対象から外すこともできる
デメリット
- 個別の事業を分けて譲渡するため、一つひとつの手続きが非常に煩雑になる
- 優良部門のみの一部譲渡を選択した場合は、譲渡しない不採算部門の取扱いが問題となる
株式交換
会社の株式を他社に取得してもらうことで、その完全子会社となり、対価としてその他社の株式を取得する手法です。対価として他社の株式ではなく、現金などを選択することも可能ですが、ここでは対価として他社の株式を選択した場合を想定しています(参考:会社法767条)。
メリット
- 買手側は現金の用意が不要
- 買収後、買手企業の業績が好調になれば売手側に利益がもたらされる
- 買手側と売手側でリスクを分散できる
デメリット
- 一つひとつの手続きが煩雑になる
- 売手側にとっては、買手側の業績・価値変動の影響を大きく受ける
親族内への事業承継を行う場合
オーナー経営者の子に引き続き事業を継続してもらうのが『親族内承継』です。
かつての事業承継ではこの方法が最も一般的で、現在でも「事業は子供に継がせたい」と考える経営者の方は多いのではないでしょうか。
親族内承継には、『生前贈与』と『相続』という2種類の手法が存在します。
生前贈与
生前贈与とは、現在の経営者から後継者となる者に承諾を得た上で、株式や事業用の資産を無償で譲渡することを言います(参考:民法549条)。
メリット
- 現在の経営者が生きているうちに贈与を行うことができるため、相続に関するトラブルを未然に防止できる可能性が高い
- 後継者となる者に株式や事業用の資産を売買する必要がないため、仮に後継者に資力がなくても事業を承継することが可能
- 身内から新たな経営者が誕生することによって、従業員も心情的に受け入れやすい
デメリット
- 相続と比較すると諸費用は安く済むと考えられがちだが、常に安くなるわけではない
-
後継者に贈与税等の負担が発生する
- 特に、土地や建物などの不動産に関しては名義変更のために『登録免許税』や『不動産取得税』を支払う必要がある
- 贈与の条件によっては遺留分の争いが生じる場合がある
- 何度も生前贈与を繰り返した場合には、国税庁にマークされる可能性がある
相続
経営者の死後、相続人に財産が引き継がれることを指します。仮に、相続対策をまったくしなかった場合、財産は相続人全員に分配され、事業に必要な財産が特定の後継者以外に流れてしまうため、スムーズな事業承継を行うことができません。
そのため、相続で事業承継を行うためには、事前に後継者に事業用の財産を相続することを明らかにし、ほかの相続人に対しては、遺留分を侵害しない程度の財産を分配する旨を記載した遺言書などを、生前に準備することを怠らないのが大切です(参考:民法967条)。
メリット
- 遺言によって後継人を指定することで、事業用資産をその後継者に与えることができる
- 生前に経営者が遺言書などを残しておけば、相続人が遺産分割の方法に悩まずに済む
デメリット
- 相続人同士の紛争が起きやすい
- 遺言執行者による遺言を実現するための手続きが別途必要になることが多いため、後継者に資産が引き継がれるのに時間を要する
- ほかの相続人から遺留分減殺請求を受ける可能性があるなど、法的な争いの余地を残す可能性が高い
自社株式売買による事業承継
自社株式売買による事業承継とは、いずれ後継者となる者に株式や事業用の資産を売却することを言います(参考:民法555条)。
メリット
- 経営者が生前に行えるため、複雑な相続問題が発生しにくく、後継者が集中して事業を継続することが可能となる
- 後に覆される恐れが少ないので、法的な不安要素が小さい
デメリット
- 不相当に安価であると評価された場合、生前贈与として扱われる可能性があるため、株式や事業用資産等の時価評価の決定を慎重に行う必要がある
- 後継者となる者が取得資金を準備しなければならない
信託による事業承継
信託とは、財産を持つ『委託者』が信託行為によって『受託者』に財産を託し、受託者は定められた信託目的に従って、財産を処分・管理することを指します。信託によって生じた利益を委託者が指定した『受益者』に与えることが信託の目的とされています。
経営者に議決権を維持したまま、事業後継者に配当を受ける権利を与える期間を設定することができるなど、柔軟性の高い制度です。
その中でも『後継ぎ遺贈型受益者連続信託』では、経営者が自社の株を対象に信託の設定を行い、信託契約によって事業後継者を受益者と定め、その事業後継者が後に亡くなった際には、次の後継者に新たに受益権を獲得させることもできます。
この制度により遺言の限界を超えて、事業承継の後継者の指定を行うことが可能になりました。
メリット
- 希望に沿った事業承継のスキームを実現しやすい
- 信託を利用することで、円滑な事業承継を行うことができる
- 後継者の次の後継者まで指定できるため、経営者の意思が確実に尊重される
デメリット
- 受託者にさまざまな法的義務(善管注意義務や信託事務遂行義務など)が課されるため、引き受けてくれる人が身近に見つからない可能性がある
- 信託による事業承継という制度自体がまだ広く浸透していないため、周囲の賛同を得られないことがある
「引き継いでよかった」と思える事業承継・事業譲渡をするには、事業内容に沿った契約書の作成が必要です。どのような契約書を作成すべきか、作成事例をご紹介します。
事業の清算・解散は最後の手段
会社を承継する人が内にも外にも見つからなかった場合、会社を清算・解散(廃業)することになります。この清算や解散は、事業継承についてすべての方法を考えた後に、最後に取るべき手段としてお考えください。
メリット
- 後継者を探す労力を割かなくて済む
- 生活を立て直すきっかけとなり、新たなスタートを踏み出すことができる
- 破産手続きを進めて免責された場合、債務に追われなくなる
デメリット
- 会社をたたまなければならない
- 従業員をすべて解雇しなければならない
事業承継はどの手段を選ぶのがよいのか?
前述のように事業承継には4つの方法があります。それぞれメリットやデメリットが異なるため、事業承継の方法の選択に正しい答えは存在しません。経営者が、自分の会社を「どう」したいのか、「誰」に経営を続けてほしいのかによって、選ぶ方法が異なるのです。
また、会社をたたむ『清算』や『解散』は最後に検討すべき方法でしょう。会社をなくすのではなく、事業承継によって会社を未来へつなげることで、社会的な価値や、従業員の生活の安定を維持することができるのです。
どの方法を選択するか悩んだ場合には、専門家に相談してケースバイケースで判断するのがベターです。
実際に事業承継を成功させる・進めるためには?
事業承継を成功させるためには、さまざまな変化を受け入れる必要があります。また、現在の経営者は、後継者が収益性のある事業を安定して継続できるような環境づくりを行うことも、事業承継において大切なことだといえます。
事業承継ではさまざまな利害関係が発生し、手続きも複雑になるケースが多く想定されます。そのため、承継について悩まれた際には、専門家に相談を行うことが大切になります。
どこに相談するのがよいのか?
事業承継を相談するためには、公認会計士や税理士・司法書士・弁護士・FPなど、事業承継や相続・登記の専門家に相談を行うことで、円滑に手続きを進めることが可能になります。
デューデリシェンスの重要性(買収される側にとって)
デューデリジェンス(DD)とは、M&Aにおける買収の検討段階で、事前に対象会社の調査を行うことです。
この調査は、対象企業の財務状況・経営内容・法務のリスクマネジメント状況・収益力など、幅広い分野を対象に行われます。買収する側はこの調査によって対象企業の現状を把握するので、リスクを避けるために綿密な調査を行います。 これは買収される側にとっても、M&Aの成功がかかる重要な局面であるといえます。
利害関係者の同意を得ること
事業承継では、株主、金融機関、取引先、経営陣、従業員などの間で利害関係が複雑に絡み合います。 事業承継を成功させるためには、こうした関係者と丁寧に調整を行い、同意を得ることが必要となります。
税金に関して
事業承継では方法によってかかる税金が異なります。相続では後継者に相続税が、生前贈与では後継者に贈与税が、株式売買では現在の経営者に所得税が課されます。
なお、事業承継税制といった制度を活用することで、株式にかかるさまざまな税を免除することも見込めます。 余分な納税をせず、承継後の資産とするためにも、専門家の力を借りて手続きをするのがスムーズです。
まとめ
この記事では、事業承継の方法とそれぞれのメリット・デメリットをご紹介してきました。
事業承継にはさまざまな方法があり、一概に何がベストであると言い切ることはできません。どの方法でも時間を要するため、悩まれた際には早めに専門家に相談し、今後の会社の方向性に沿った事業承継の方法を選ぶことが大切です。