従業員がうつ病になってしまった場合、3つの条件を満たしていれば、「労災」を受けられる可能性があります。近年では精神障害の労災請求件数、認定件数共に増加しており、2017年度(平成29年度)では精神障害による労災請求件数が1,732件あり、そのうち506件が労災支給決定を受けました。
(参考:精神障害の労災補償状況|厚生労働省)
どのような仕事でも、従業員がうつ病になってしまう可能性は考えられます。この記事では、従業員からうつ病を理由に労災の申請を受けた場合の会社側の対応についてご紹介します。
うつ病で労災を受けるための条件
「従業員がうつ病になった」というだけでは労災を受けることはできません。基本的には上図にある3つの条件を加味し判断されます。
業務による心理的負荷
まずその精神障害が、事故や災害の体験、仕事の失敗、過重な責任の発生、仕事の量・質の変化によるものか判断されます。この心理的負担の強度は「強」「中」「弱」で評価されますが、例えば、心理的負担が「強」と判断されるものには、
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などがあります。
業務以外の心理的負荷
ここでは仕事以外の「自分」の出来事、「家族・親族」の出来事、「金銭関係」などが考慮されます。
・自分の出来事:離婚又は夫婦が別居した など ・家族・親族の出来事:配偶者や子ども、親又は兄弟が死亡した など ・金銭関係:多額の財産を損失した又は突然の大きな支出があった など |
これらの要素がある場合、それらが発病の原因といえるか慎重に判断します。
個体側要因
個体側要員としては既往歴、アルコール依存状況、生活史(社会適応状況)などがあります。もし考慮すべき点が認められる場合には、それらが客観的に精神障害を発病させるおそれのある程度のものと認められるか否かについて検討します。
この3つの要因を一定の基準により判定し、精神障害として労災認定されるのは「その発病が仕事による強いストレスによるものと判断できる場合」に限ります。
従業員から労災申請があった場合の会社側の流れ
従業員から労災申請を受けた場合、基本的に下図のような手続きを行います。
では、各項目を詳しく見て行きましょう。
1:傷病手当金支給申請書の作成
精神疾患による労災認定は半年から1年ほどかかるため、まずは「傷病手当金」の申請を進めることを検討します。もし傷病手当金を受けることができれば傷病手当金を受給しながら、労災の申請をすることもできます。
傷病手当の申請書には被保険者、事業主、療養担当者の記載する欄があるので、会社側としては「事業主記入用」を完成させます。ここでの証明は従業員が会社を休んでいることや給与が支払われていないことの証明です。
傷病手当では、給与1日当たり2/3の手当を受けることができます。「被保険者」と「事業主」「療養担当者」の資料が揃い次第、会社もしくは従業員から保険者(協会けんぽ、健康保険組合)へ提出します。
2:労働基準監督署へ労災申請
続いて、労災の申請をするために以下の書類を作成する必要があります。
・労災認定病院の場合:療養補償給付たる療養の給付請求書(様式5号)
・労災指定外病院での受診の場合:療養補償給付たる療養の費用請求書(様式7号)・休業補償給付請求書(様式8号)
請求書には事業主の証明や災害発生の事実を確認した人の証明などを記載する部分があるので、協力して作成します。その他、医療機関からの証明が必要になります。
(参考:厚生労働省)
場合によっては事実確認をするため労働基準監督署から会社に調査が入る場合があります。
3:労災への切り替え
労災認定がされた場合には、それまでに支給された傷病手当金や医療費は「健康保険協会」や「健康保険組合」に戻さなくてはなりません。生活が苦しくてすぐに返金できない場合は、健康保険組合に相談しましょう。
うつ病で会社を数ヶ月休む従業員を「会社に来ない」という理由で解雇してしまうと不当解雇に当たる可能性があります。また、自主退職しても「あの時は無理矢理辞めさせられた」などと訴えられるケースもあります。
「不当解雇にならないように解雇したい」「どのような対応を取りべきかわからない」場合、一度弁護士に相談することをおすすめします。
労災を隠すことのデメリット
会社の良いイメージを保ちたいと労災を隠す事件も発生しております。しかし、労災を隠すと大きなデメリットにつながる可能性があります。ここでは、「労災隠し」のデメリットについてご紹介します。
会社に対する大きなイメージダウン
労災が起きた時点で少なからず企業イメージは下がりますが、労災隠しが発覚することにより更にイメージは下がってしまいます。
労働安全衛生法違反で刑事責任を負う
労働基準監督署からの処分や労災の保険料が高くなること、元請に迷惑をかけたくないなどの理由から「労災隠し」を会社側がしてしまう事例もあります。しかし労災隠しは法律的にも問題があり、50万円以下の罰金刑なども予定されています(労働安全衛生法第120条、第122条)。
実際に「労災隠し」が発覚し、送検される事件も発生しています。
退職後の社員やパート社員でも労災を受ける権利がある
会社側として気を付けなければいけないのは、退職後の社員やパート社員でも労災を受ける権利があるということです。労災保険法により、「保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない。」とされています。
またパート社員に対しても、労働者であればアルバイトやパートタイマー等の雇用形態は関係ないとされており、労災を受ける権利を持っています。
会社側として、このような退職後の社員やパート社員の労災申請に協力をしないことは、労災隠しにつながってしまいますので注意が必要です。
まとめ
従業員からの労災請求に対して、企業側の対応によっては、賠償や裁判などのトラブルに発展しかねません。うつ病の労災手続きは企業法務専門の弁護士にご相談ください。