弁護士とマッチングできます
企業法務弁護士ナビでは完全非公開で相談可能です。貴社の課題に最適解を持つ弁護士、最大5名とマッチングできます。
近年、長時間労働やハラスメント等を原因として、従業員がうつ病をはじめとする精神障害を発症し、労災保険給付を請求する事案が増加しています。
2025年度(令和7年度)には、精神障害に係る労災請求件数は4,958件に達し、1,082件について労災保険給付の支給決定がなされています。
いずれも過去最高の件数です。

(参考:精神障害の労災補償状況|厚生労働省)
どのような仕事でも、従業員がうつ病になってしまう可能性は考えられます。
この記事では、従業員からうつ病を理由に労災申請を受けた場合の会社側の対応についてご紹介します。


「従業員がうつ病になった」というだけでは労災を受けることはできません。
基本的には対象疾病であることを前提として、上図にある3つの条件を加味し判断されます。
まず、うつ病の発症前おおむね6か月間に、長時間労働やハラスメント等、業務による心理的負荷を伴う出来事が認められるかが判断されます。
当該心理的負荷の強度は、「強」「中」「弱」の3段階で評価されており、「強」に近いほど、労災として認定される可能性が高まります。
例えば、心理的負担が「強」と判断されるものには、
|
などがあります。
ここでは仕事以外の「自分」の出来事、「家族・親族」の出来事、「金銭関係」などが考慮されます。
|
これらの要素がある場合、それらが発病の原因といえるか慎重に判断します。
個体側要因としては既往歴、アルコール依存状況などがあります。
もし考慮すべき点が認められる場合には、それらが客観的に精神障害(うつ病)を発病させるおそれのある程度のものと認められるか否かについて検討します。
この3つの要因を一定の基準により判定し、精神障害(うつ病)が労災認定されるのは「その発病が仕事による強いストレスによるものと判断できる場合」に限ります。


従業員から労災申請を受けた場合、当該従業員の意向を踏まえ、基本的に下図のような手続きに協力することが考えられます。
では、各項目を詳しく見ていきましょう。
精神疾患による労災認定は7か月から1年ほどかかるため、まずは「傷病手当金」の申請を進めることを検討します。
もし傷病手当金を受けることができれば傷病手当金を受給しながら、労災の申請をすることもできます。
傷病手当の申請書には被保険者、事業主、療養担当者の記載する欄がありますので、会社側としては「事業主記入用」を完成させます。
ここでの証明は従業員が会社を休んでいることや給与が支払われていないことの証明です。
傷病手当では、給与1日当たり2/3の手当を受けることができます。
「被保険者」と「事業主」「療養担当者」の資料が揃い次第、会社もしくは従業員から保険者(協会けんぽ、健康保険組合)へ提出します。
続いて、従業員が労災の申請をするために以下の書類を作成する必要があります。
|

(参考:厚生労働省「労災保険給付の手続等」)
労災申請は、従業員が、国(労基署)に対して行うもので、会社は、従業員の労災申請手続きに協力することになります。
具体的には、労災保険給付の請求書に事業主の証明欄があり、従業員による記載されている申請内容(特に災害の原因及び発生状況欄)が事実かどうかを会社にて確認し、事実が記載されていれば、その旨証明をして、請求書を従業員に交付して手続きを促すか、従業員の了解が得られれば、会社が当該従業員に代わって申請手続きを行うことになります。
これに対して客観的記録から災害の原因及び発生状況(長時間労働やハラスメント等)の事実が確認できない場合には、事業主証明を拒否することになりますが、従業員による申請行為を妨げることはできませんので、労災申請を控える言動は控えてください。
また、従業員との間で無用のトラブルを防ぐ観点から、証明できる記載欄は証明し(一部証明)、証明できない記載欄はその理由について丁寧に説明し、公的機関の判断を仰ぎたいことや、労基署による調査にはできる限り協力する旨説明して理解を促していただくとよいかと存じます。
従業員による労災申請がなされた後、労基署から会社に対して一定の事項について報告(使用者報告書)と関連資料の提出を求められますので、これに誠実に対応します。
また、必要に応じて会社関係者に対してヒアリングが実施されますので、これにも協力します。
先行して健康保険から受給を受けるときに労災認定がなされますと、当初に遡って労災保険から給付を受けることになる一方、健康保険では受給できなかったということになりますので、健康保険の保険者から、当該従業員に対して、自己負担以外の7割(現物給付)をしていた療養費用と傷病手当金を返還するように求められる場合があります。(ただし、受診した病院によっては健康保険から労災保険への切り替え処理ができる場合があり、その場合には、自己負担の3割につき返還がなされた上で、改めて当該病院を通じて労災請求手続を行うことになります。)
しかしながら、傷病手当金については、労災保険給付で一括して休業補償給付が支給されますので、ここから返還できますが、療養については病院による現物給付であるため、受診した病院で切り替え処理が行えない場合、健康保険の保険者と労災保険の保険者との間で調整を行う必要があり、かかる調整は、原則として当該労働者が一時的に健康保険の保険者にこれまでの自己負担以外の7割分をすべて返還した上で、労災保険の保険者である国(労基署)に自己負担3割分と合わせて10割の費用請求(療養の費用請求様式第7号)を行う必要があるとされています(昭和29年8月23日基災発第116号)。
そのため、受診した病院において健康保険から労災保険への切り替え処理ができないときは、原則としては、従業員が一時的に自己負担以外の7割部分を健康保険の保険者に返還した上で、労災保険の療養費用の請求を行う必要があります。
もっとも、長期療養となりますと、その費用が多額に及ぶ可能性があり、これを一括して支弁するとなると、ただでさえ療養により稼得を失っている従業員にとって過度な負担が生じるおそれがあります。
そこで、厚生労働省では、従業員(被保険者)にて自己負担以外の7割について返還することが難しい場合には、健康保険の保険者の同意が得られることを前提に、次の手続きを行うことにより、従業員の負担なく、健康保険から労災保険の切り替えを行うとされており(平成29年2月1日基補発0201第1号)、会社としてはかかる取扱いを当該従業員に説明していただくとよいかと存じます。
|

会社側として気を付けなければいけないのは、従業員が退職した後も、労災を受ける権利があるということです。
労災保険法により、「保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない。」とされています(同法12条の5第1項)。
また、労働者であればアルバイトやパートタイマー等の雇用形態は関係なく、労災を受ける権利を持っています。
そもそも、労災保険法施行規則では、「事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。」とされています(同規則23条2項)。
会社側として、従業員が退職していることやアルバイト等であることを理由に労災申請に協力をしないことは、同規則に反するほか、対象従業員との間で信頼関係が悪化し、無用なトラブル・紛争が生じる可能性がありますので、注意が必要です。
従業員からうつ病等の精神障害により労災申請したいとの意向が示された場合には、事実関係や企業側の対応によっては、賠償や裁判などのトラブルに発展しかねません。
うつ病等の労災申請事案が発生した場合には、企業法務専門の弁護士にご相談ください。

編集部
本記事は企業法務弁護士ナビを運営する株式会社アシロ編集部が企画・執筆いたしました。
※企業法務弁護士ナビに掲載される記事は弁護士が執筆したものではありません。
本記事の目的及び執筆体制についてはコラム記事ガイドラインをご覧ください。