うつ病の社員を抱え、その対応にお悩みではありませんか?いつ復帰するか分からない。退職してもらいたいけど後々トラブルにはなりたくない。
今回の記事ではうつ病の社員に対し、復帰が難しい場合にはどのようにしたらトラブルなく「退職」まで話を進めていけるのかについて判例なども交えながらご紹介します。
うつ病を理由に従業員を解雇できるのか?
うつ病を理由に即解雇するのは不可能
従業員がうつ病だからという理由ですぐに解雇することはできません。
労働契約法第16条では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」とされており、従業員がうつ病になったという理由だけで即解雇するというのは通常は「権利の濫用」として解雇の法的効力は認められません。
解雇するためには客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる必要があります。単に「うつ病」と診断されたという事実だけでは、通常はこれに該当しません。
休職期間が満了になった場合には解雇も可能
従業員から「うつ病に罹患した」旨告げられた場合、会社側としてまずは医師の診断書を求めるべきです。
診断書の内容から労務提供の不能が明らかであれば、就業規則に従って「休職」の処理を行うのが一般的です。通常の休職規定では、休職期間満了時に従業員が治癒して復職できない場合は退職となる旨定められていますので、その手続に従って処理することになります。
もっとも、休職制度は法律上の制度ではなく、企業の自主的な制度に過ぎません。そのため、就業規則に休職制度について規定がないということもあります。この場合は、休職という処理ではなくとりあえず有給休暇の使用や病欠などで様子を見つつ、早期の復帰が不可能という判断となれば、解雇も検討することになります。
いずれの場合も、復職可能なのかどうかについては医学的な判断が必須であるため、会社側が医学的な裏付けもないまま処理することは避けるべきでしょう。
無理やり解雇した場合、不当解雇で訴えられる可能性も
うつ病の従業員について上記のような処理を行わず、即時に無理やり解雇した場合、「不当解雇」として訴えられるリスクがあります。そして、多くの場合、会社は負けてしまうでしょう。
<不当解雇として訴えられた判例>
「東芝事件/東芝(うつ病・解雇)事件」(2014年3月24日最高二小)
この裁判は大手電気機器製造業Yに入社したXが解雇された理由を「業務が原因によるうつ病の発症」として解雇の無効を求めて提訴したもの。結果としてはYがXの業務を軽減しなかったことは「安全配慮義務違反(※)」にあたるとされました。
※安全配慮義務違反 |
労働者を業務に従事させるに当たり、会社側が労働者の生命・身体・健康を守るべき義務のこと。 |
うつ病になった従業員に対する対応
医師の診断書の提出を求める
うつ病が理由で会社を休んでいる従業員には医師の診断書の提出を求めます。今後の対応を考える上で専門医の診断が必要となります。当該診断を踏まえて労務提供が可能なのかどうか、慎重に検討してください。
配置転換または業務量の軽減を検討
仮に、労務提供が可能という場合でも、労働者に対する配置転換や業務量の軽減については検討する必要があるでしょう。会社には安全配慮義務がありますので、うつ病に罹患している労働者を漫然と働かせ、病状が悪化するなどした場合は会社の責任となってしまいます。
他方、労務提供が不可能という場合は、上記のとおり休職制度があればこれで処理するのが通常ですし、なければ早期復職が可能かどうかを慎重に判断することになります。
休職期間の利用
就業規則に定めがあれば休職期間を利用してもらいましょう。その期間にしっかりと療養、治療に専念してもらいます。通常、休職期間中の給与は支給されませんが、就労していなくても社会保険料負担は発生しますので、その点は注意しましょう。
また休職期間中もできるだけ従業員とはコンタクトを取り、定期的に状況を報告してもらうのが一般的です。
休職期間満了時に復職可能か医師の指示を仰ぐ
休職期間が満了する時点で復職できなければ、「休職期間が満了しても復職できないとき」という就業規則の規定に基づき自然退職となります。そのため、労働者の復職が可能かどうかは医師の判断を踏まえた上で慎重な判断が必要です。仮に主治医が「復職可能」と意見を述べていても、主治医は労働者の意向を強く受けますし、勤務実態についてあまり理解していないのが通常です。
そのため、主治医判断は時にかなりバイアスがかかっていて正確性を欠くこともあります。そのため、主治医意見だけでは不十分という場合は、会社の指定する専門医の受診を求め、その意見も踏まえて復職可否を判断するのが適切です。
退職推奨により交渉
「退職推奨」はどのタイミングでも基本的に行うことができます。たとえ従業員がうつ病に罹患していて精神的に本調子でなくても、退職勧奨それ自体が許されないということはありません。
しかし、うつ病に罹患する中退職勧奨を受けた労働者は通常時よりもショックを受ける可能性があります。そのため、このような状態で行う退職勧奨には通常時よりも更に細心の注意を払って行う必要があるでしょう。
労働者本人と現状についてよく確認、相談し、あくまで退職勧奨であり拒否することも可能であること、拒否したからと言って不利益を与えることはないこと、仮に退職した場合はどのような条件となるのかなど丁寧に説明しながら、話を進めていく必要があるでしょう。
うつ病がきっかけの解雇に関する判例
解雇が無効だと認められた判例
学園(うつ病・解雇)事件(2010年3月24日判決)東京地裁
うつ病を発症し解雇された教員が、安全配慮義務違反による損害賠償と地位確認等を求めた事案 |
在職中にうつ病を発症し、その後心身の故障のため職務の遂行に支障があるとの理由で解雇された中高一貫校の国語科元教員Xが、学校法人Yの解雇に至る一連の行為が雇用契約上の安全配慮義務違反又は不法行為に当たるとして、慰謝料等の損害賠償と雇用契約上の地位確認等を求めた事案です。
この判決では原告のうつ病が、業務に起因して発症したもの(業務上の傷病)と認めるのは相当でないとし、安全義務違反等は認められないとされました。しかし「回復可能性」について今回の解雇はやや性急なものであったといわざるを得ないとして、
- 客観的に合理的な理由を欠き、
- 社会通念上相当であると認められない
などを理由に安全義務違反等は認められませんでしたが解雇自体は無効とされました。
※個別学園名は伏せさせていただいております。
解雇が有効だと認められた判例
うつ病がきっかけの解雇による訴訟について多くの場合「無効」とされています。うつ病のケースではないですが解雇が「有効」として認められているものには以下のような判例があります。
歯科巡回指導を行う歯科衛生士が解雇された事例(2004年2月13日判決)横浜地方裁判所 |
このケースでは、被告が頸椎症性脊髄症に罹患し、医師の診断書によると左上下肢には麻痺が残る状態になり自力で立つことができない状態になりました。極端な例ですが、こういったケースは客観性のある「職務の遂行に支障」に該当します。裁判所としても会社側は弁明の機会を与えているということからこのケースでの解雇は有効と認められました。
解雇・退職のお悩みは弁護士に相談
うつ病の従業員でお悩みの場合、弁護士に相談することで、
- 複雑な諸手続きによる負担軽減
- 従業員と会社のトラブルの未然に予防
- 従業員から訴えられた時の対応
という部分で支援を受けることができ、専門家による第三者のアドバイスを受けながらより経営に専念することができます。
逆に弁護士に相談しない場合、
- 諸手続きによる不備
- 契約書の不備によるトラブル
- 従業員からの訴訟
- 労務問題による労働基準監督署の調査
というリスクが常に付きまといます。更に問題が起こった場合に悪化してしまう可能性が非常に高くなります。
まとめ
社員がうつ病だからといってすぐに解雇することはできません。会社としてできることを行い、医師の指示を仰ぎ、社員とコンタクトを継続することによりトラブルの発生を最小限に抑えることができます。
しかし「うつ病」の社員の解雇についての問題は非常にデリケートですし難しい問題です。このようなケースでお悩みの場合は企業法務専門の弁護士にご相談ください。